【I&S インサイト】なぜカードショップの新弾価格設定はカルテルとされていないのか-意識的並行行為との峻別-

執筆者:小野 翔太郎

なぜカードショップの新弾価格設定はカルテルとされていないのか

-意識的並行行為との峻別-

 

はじめに

皆さんは、トレーディングカードゲーム(TCG)を遊んだことがあるでしょうか。もし遊んだことがある方であれば馴染み深いとは思いますが、オタクの聖地と呼ばれて久しい秋葉原には、非常に多くのカードショップが立ち並び、日々多くのプレイヤーがカードを購入している姿を見ることができるでしょう。

あまり馴染みのない方のために、TCGとカードショップについて簡単に説明します。

まず、TCGとは、版元の発行するランダム封入のカードパックを開封し、当たったカードを、ルールに則して組み合わせた束(デッキ)にして、2人以上のプレイヤーがそれを持ち寄って対戦するゲームのことを言います。TCGで他のプレイヤーに比べて優位に立つためには、前提として、デッキの中に強力なカードを入れる必要があります。しかし、そのような強力なカードは、往々にして、版元において、希少性(レアリティ)も高く設定されることが多いのです。そのため、ランダム封入のカードパックを開封することで入手しようとすると、プレイヤーは、多額のコストをかける必要が生じます。例えば、欲しいカード1枚を手に入れるための期待値として、1パック5枚入りで150円のパックを100パック開封しなければならないとすれば、プレイヤーは、不要なカード499枚と、欲しいカード1枚を、15000円をかけて購入することになります。これは、非常に効率が悪いわけです。娯楽の選択肢が広く、飽和状態にある現代において、そのような効率の悪い入手法しかないのであれば、プレイヤーも離れていってしまいます。

このような問題を解決するのがカードショップです。カードショップは、TCGのカードパックを大量に仕入れて開封したり、プレイヤーが開封したパックから排出されたカードを買い取ったりして在庫を仕入れ、開封済みのカードを、1枚単位で販売します。つまり、プレイヤー目線では、ランダム性を排除して、欲しいカードを狙って購入することができるようになるわけです。当然、単価は概ねパックの値段よりも高額になり、レアリティ次第では、パックの数十倍の値段がつくことも珍しくありません。ですが、欲しいカードがその1枚だけのプレイヤーからすれば、期待値ベースで購入すべきパック数に応じた金銭的コストや、そもそもランダム封入のため排出されないリスクも加味すると、結果としてカードショップで購入した方が、リーズナブルであると判断するのが通常でしょう。

やや前提が長くなりましたが、TCGを運営するにあたって、カードショップが果たす役割の重要性はご理解いただけたかと存じます。必然、ある版元が、TCGの新たなカードパック(新弾)を販売したその当日には、プレイヤーは、そのパックに封入されている新規カードを求めてカードショップに赴き、欲しいカードを購入しようとするので、秋葉原に立ち並ぶカードショップも、一層の賑わいを見せることになります。

ここからが本題ですが、プレイヤーとしては、どうせ同じカードを買うのであれば、より安く買える方がいいと考えるのが通常です。そのため、狭いエリアにカードショップが密集している秋葉原で、複数の店舗を巡ることも少なくないでしょう。筆者もTCGの一プレイヤーとして秋葉原のカードショップに足を運ぶことがあります。筆者と同様にカードショップを巡ったことがある方であれば分かるのではと思いますが、新弾発売日当日の新弾のカードの価格は、不思議とどこもほとんど変わりません。概ね、最初に行った店舗で買おうが最後に行った店舗で買おうが値段に顕著な差はなく、徒労に終わることの方が多いのではないでしょうか。

このように、カードショップが同じような値段設定をすることに、プレイヤーは不服を覚えるでしょう。しかし、現状では、このようなカードショップの価格設定について、公正取引委員会によって、カルテルに当たるとの指摘がされている様子はありません。聡明なプレイヤーからすれば、なぜこれがカルテルとして問題にならないのか、と疑問に思われるのではないでしょうか。

今回は、上記疑問に、カルテルとは何かというところから紐解いて解説していきたいと思います。

 

カルテルとは

そもそも、カルテルとは、ごく簡単にいえば、「複数の企業が連絡を取り合い、本来、各企業がそれぞれ決めるべき商品の価格や生産数量などを共同で取り決める行為」をいいます(出典:公取委HP)。

カルテルは、日本では、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)26項に定める不当な取引制限として、同法3条によって禁止されています。価格の設定が他の企業と同一であっても、それがカルテルであり、不当な取引制限に該当する行為であれば規制対象になりますし、これに該当しない行為であれば、規制対象にはなりません。

不当な取引制限は、条文上、「事業者が、契約、協定その他何らの名義をもってするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう」ものとされています。この要件に関して、著名な判例を2つ挙げておくと、まずは、価格カルテルの先例として、東芝ケミカル事件高裁判決が以下のように判示しております。

「……「共同して」に該当するというためには、複数事業者が対価を引き上げるに当たって、相互の間に「意思の連絡」があったと認められることが必要であると解される。しかし、ここにいう「意思の連絡」とは、複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し、これと歩調をそろえる意思があることを意味し、一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみでは足りないが、事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りると解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。」(東京高判平成7925日・平成6年(行ケ)第144号〔東芝ケミカルⅡ〕判例タイムズ906136頁(引用部分は判例タイムズ148頁))

上記判示にて、「相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容する」場合については、上記のとおり、黙示による意思の連絡と言われたり、黙示の合意などと言われたりしています。また、事例は入札談合のものであり、やや異なりますが、最高裁においても、多摩談合事件判決で以下のように判示しており、一般に、上記判示を踏襲したものと評価されています。

「……本件基本合意の成立により、各社の間に、上記の取決めに基づいた行動をとることを互いに認識し認容して歩調を合わせるという意思の連絡が形成されたものといえるから、本件基本合意は、同項にいう「共同して…相互に」の要件も充足するものということができる。」(最判平成24年2月20日・平成22年(行ヒ)第278号〔多摩談合〕民集66巻2号796頁(引用部分は民集810頁))

ここで重要になるのは、あくまで、複数の事業者相互の間で「意思の連絡」がなければ、不当な取引制限にはならないということです。すなわち、事業者それぞれの意思決定により、結果として行為が斉一化する場合には黙示の合意はなく、不当な取引制限とはなりません。これは一般に、「意識的並行行為」と呼ばれています。

 

意識的並行行為と不当な取引制限との峻別(特に、意思の連絡について)

では、意識的並行行為と、不当な取引制限、特に黙示の合意による場合は、どのように区別されるのでしょうか。

最もわかりやすいのは、東芝ケミカル事件高裁判決にもある、「一方の対価引上げを他方が単に認識・認容」したのみである場合でしょう。つまり、企業Aが価格をあげることを企業Bが認識したので、企業Bも同種製品の価格を引き上げたが、企業Aは、企業Bの価格については何ら意識していなかったという場合であれば、黙示であっても、企業Aと企業Bとの間に意思の連絡を認める余地がないので、意識的並行行為として不当な取引制限にはなりません。また、企業Aと企業Bがともに、世間的な物価の上昇に伴って、製品価格を上げる必要があると考え、たまたま同じタイミングで、同種製品の値上げを行った場合(物価上昇に伴う一致の場合)も、当然、黙示であっても何ら意思の連絡がないので、同様に、意識的並行行為として不当な取引制限にはならないということになります。

ですが、この物価上昇に伴う一致の場合、意思の連絡がないために不当な取引制限にならないという結論は揺るぎようがないにも関わらず、ある意味で、「世間的な物価の上昇に照らせば、企業Bを含む競合他社も値上げしてくるだろう」と認識し、認容したが故に値上げに踏み切っているので、「相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容」したと言えてしまうのではないかという疑問があります。

この点について、公正取引委員会競争政策研究センター(CPRC)は、「カルテル事件における立証手法の検討-状況証拠の活用について-」の8ページにおいて、「この問題に対する回答を即座に思いつかないが、意思の連絡の立証に当たっては、個別事案ごとに「共通の了解を人為的に作り出す行為(又は強化する行為)」(人為性)を見いだして、こうした経験を積み重ねていくしかないのではないか。」と述べています。明瞭ではありませんが、要は、立証すべき事項は事業者間での意思の連絡であり、各々の独自の判断によるのではない、ということに結びつけるためには、前記のような人為性の有無が重要なメルクマールになる、ということであると考えられます[1]

 

結局、秋葉原のカードショップはカルテルをしていないのか?

ここまでの議論を前提に、改めて、冒頭の問いについて考えていくとしましょう。

冒頭記載のとおり、新弾発売直後の各カードショップにおける新弾のカードの価格が、いずれもほぼ一致していたとします(一致していない場合もあるかもしれませんが、まず前提として一致していた場合と仮定しています。)。これまでの議論に照らすと、この価格の一致が、どのような原因によるのかが、不当な取引制限における意思連絡とされるかどうかの分水嶺になるといえましょう。

例えば、各カードショップが、何ら他のカードショップを参考とせず、独自の判断で値段を設定した結果、偶然、値段が一致したのであれば、当然、不当な取引制限にはなりません。同様に、カードショップAが独自の判断で値段を設定し、カードショップBも独自の判断で値段を設定したものの、カードショップBの方が顕著に安かったため、売れ行きが伸びすぎ、より利益を上げるために、開店後にカードショップAの価格に寄せて値上げをした、というような場合でも、カードショップABとの間で、共通の了解を人為的に作り出す行為がありませんから、不当な取引制限にはならないでしょう。

逆に、カードショップAが、他のカードショップに向けて、うちはいくらいくらで行きますから、よろしくお願いしますね、などと事前に声掛けをし、それに他のカードショップが追随して、全体として似たような価格になった、という場合には、不当な取引制限と認められるおそれは非常に高いでしょう。新弾が出るたびにこのようなやり取りをしていなかったとしても、カードショップが出店する際には、古株のカードショップAから、「新弾の価格はAの価格の±n%以内で設定するように」というような書面が届き、その慣例に従って価格を設定していたというような事情があれば、やはり不当な取引制限における意思の連絡と認められるおそれは非常に高いと考えます。

とは言え、おそらく問題状況はもっと複雑だと思われます。すなわち、インターネットの発達した現代においては、概ねのカードショップの開店時刻である午前10時より前に、新弾のカードの売買はインターネット上で開始されています。つまり、粗方のメルクマールになる価格は、インターネット上で開店前から確認できてしまうため、各カードショップは、その価格にある程度揃えることで、ほぼ一致した新弾のカードの価格設定が可能になるのです。このような場合に不当な取引制限になるのか、という問題ですが、これについても、上記の議論と同様で、「共通の了解を人為的に作り出す行為」と言えるものがあるのか、ないのかについて考えれば良いと言い得るのではないでしょうか。すなわち、単に各カードショップが、インターネット上の相場価格を参考に、独自の判断で値段設定した結果、どこも似たり寄ったりの価格になった、という場合であれば、不当な取引制限とは言い難いと思いますが、例えば、インターネット上の相場価格をコントロールしているのが秋葉原に出店しているカードショップAのオンライン店舗で、従前からのカードショップ間のやり取りで、当該店舗の価格設定に準じた価格設定をすることについて合意していた、という場合であれば、不当な取引制限における意思の連絡と認められるおそれは非常に高いと考えます。

さらに踏み込んだ議論として、各カードショップが、価格設定アルゴリズムを使用していた場合については、カルテルになるのか、という点が挙げられます。この点については、非常に複雑な議論に足を踏み入れることになりますので、本稿では取り上げませんが、当リンク先のインサイト記事(https://www.ikedasomeya.com/insight/25675)に詳しくまとめられておりますので、興味のある方はご覧になっていただけると、さらに理解を深めていただけるかと存じます。

さて、上記見ていったように、不当な取引制限として規制されるカルテルの存在をうかがわせる「共通の了解を人為的に作り出す行為」の有無は、価格が一致しているという外形的な結果のみでは判別不可能であり、複雑化した現代社会では、その立証は容易なものではないと言えます。この立証は、公取委や検察庁など、当局側にありますから、現状、不当な取引制限として扱われていないのは、もちろん、現状まだ案件化するに至っていないだけという可能性もありますが、実際にカルテルが行われていないという場合も含め、不当な取引制限と認定するためのハードルを越えられるだけの事情までは見つかっていない、ということではないかと思われます。

しかしながら、現状においてカードショップにおける価格の一致が、カルテルによるものとして、不当な取引制限と認められるおそれが全くない、ということまでは言えないと考えます。本稿を読み、もし何か少しでも違和感のある事情に思い当たったのであれば、独占禁止法に詳しい弁護士に一度ご相談いただくのが肝要でしょう。

 

以上

 

 

 

 

[1] この点についての議論は独禁法学者の間でも盛んに行われており、現在において、必ずしもCRPCのいう「人為性」が確たる要件として定着しているとまでは言えないものと理解しておりますが、本稿では、分かりやすさを重視し、こちらの表現を使用することとします。

 


詳細情報

執筆者
  • 小野 翔太郎
取り扱い分野

Back to Insight Archive