【I&S インサイト】2008年施行以来初の中国独禁法改正

執筆者:伊藤 沙条羅

 目次

 第1 概要

 第2 改正内容

  1  プラットフォーマーに関する規制

  2 独占協定に関する規制

  3  事業者結合規制に関する規制

  4 結語

 

第1 概要

 

2022年6月24日、中国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)において独占禁止法の改正法案が可決されました。中国の独禁法の改正は2008年の施行以来初めてであり、2022年8月1日に施行されます。

 

主要な改正点は、プラットフォーマーに対する規制が明記されたこと、垂直的独占行為に対してセーフハーバーが導入されたこと、さらに、事業者結合規制に関し届出基準を満たさない場合の取り扱いに関する規定が新設されたことおよび審査期間不算入制度が設けられたことが挙げられます。また、罰則が大幅に引き上げられたことも特徴です。

 

<主な改正点1

 

第2 改正内容2

1  プラットフォーマーに関する規制

 

改正法では、「市場支配的地位を有する事業者は、データやアルゴリズム、技術、プラットフォーム規約などを利用して、市場支配的地位を濫用する行為をしてはならない」旨の規定が新設されました(改正法22条)。

2021年4月、国家市場監督管理総局(SAMR)(以下「中国当局」という。)は、電子商取引(EC)大手のアリババ集団に対して、自社のプラットフォームに出店する企業に対する支配的地位の濫用を認定し、1822,800万元(約3,000億円)という巨額の制裁金が課されたことは記憶に新しいですが、引き続き大手IT企業に対する規制が強化されるように思われます。もっとも、かかるアリババ集団の違反行為を認定することができたように、旧法においても支配的地位の濫用を一般に禁じる規定は存在していたことからすれば(旧法17条)、本条項が実質的にどのような意味を持つのかは現時点では明らかではありません3

 

2  独占協定に関する規制

 

(1) 垂直的独占協定の適用除外

 

中国独禁法では、日本の独禁法でいうカルテルのような競合事業者間の価格・数量等についての合意(水平的協定)及び日本の独禁法でいう再販売価格の拘束等の取引相手との垂直的合意(垂直的協定)を行うことをそれぞれ禁止しています(旧法13条、14条)。

 

本改正では、垂直的協定に関して、事業者側で当該合意が競争を制限・排除しないことを証明することができた場合には前記禁止規定が適用にならない旨が規定されました(改正法18条2項)。

我が国における審査対応としては、明文として主張・立証の機会が保障されているのは排除措置命令や課徴金納付命令に先立つ意見聴取手続(法54条)のみではありますが、事実上、当局からの報告命令に対する対応や事情聴取対応その他必要に応じて防御を行う機会を得ることとができます。他方、本改正のもと、事業者がどのようなタイミングでどのような事実を主張・立証すれば競争を制限・排除することがないと認められるのかは現時点では明らかではなく、実務上、我が国における審査とどのような差異が生じるのかは不明ではあります。しかし、我が国では、違反行為を行ったことの立証責任が当局にあるのに対し、中国では、違反行為を行っていないこと(行為は行ったとしても競争に影響は与えるような行為ではなかったこと)の立証責任が事業者側にあるというという点は明らかになったといえます。具体的な運用について、今後の下位法規の内容・実務を注視する必要があります。

 

(2) 垂直的独占規定に関してセーフハーバーの導入

 

さらに、改正独禁法では、垂直的協定に関して、事業者の市場におけるシェアが一定の基準を下回る場合には本規定を適用ないとする、いわゆるセーフハーバーの規定が設けられていることとなりました(改正法18条3項)4

 

(3) 違反行為に関与した事業者に対する規制

 

他の事業者が独占協定を締結したり、他の事業者が独占的協定の締結に対して実質的な援助を行うことを禁止することを明文化しました(改正法19条)。

本改正により、いわゆるハブアンドスポーク型、すなわち事業者同士が直接の関わり合いがない場合にカルテルを指導した中間的な業者も処罰の対象になることとなります。従来、価格調整等独禁法上問題となる行為を事実上行いうる立場にあったとしても独禁法が適用されなかった事業者が処罰の対象となりうることとなるため、販売代理店等の中間事業者はこれらのリスクに新たに留意する必要があります。

 

(4) 罰則5の強化

 

旧法では、独占協定に関しては、独占協定を締結しかつ実施した場合において、前年度売上額の1%から10%以下の過料に処するとされていました(旧法46条)。

 

この点、改正法では、前年度に売上がない場合でも500万元以下の過料に処せられることとなりました(改正法56条1項)。そして、これは、前記ウで記載したハブアンドスポーク型の合意を行った場合でも同様です(改正法56条2項)。本改正は、日本円で約1億円以下(1元=約20円)の罰則を課すものであり、非常に厳しい罰則であることがわかります。

 

3 事業者結合規制に関する規制

 

(1) 届出基準に満たない場合の対応

 

事業者結合に関して、一定の届出基準を満たす場合には、当局へ事前届出を行わなければならない旨規定されています(旧法21条、改正法26条1項)。

改正法においても、引き続き届出基準を満たす場合には同様の対応が必要となりますが、かかる届出基準に至らない場合であっても、競争制限効果・排除効果のおそれがあるという証拠がある場合には、当局は事業者に対しその申請を求めることができる旨(改正法26条2項)、また、この要請に応じず申請を行わなかった場合には、当局が調査を行うことができる旨の規定が新設されました(同条3項)。

 

この点、事業者結合に関する国外当局への届出の要否は、基本的に、届出基準に該当するか否か、該当するとして届出を行うべきかという観点で検討を行うのが通常ですが、実務上、届出基準を満たさなかった場合にも調査を行うことが可能とする国が多く6、届出義務の有無を問わず、競争に与える影響を検討することが必要であるという点においては、本改正によっても実務上の大きな変化はありません。

もっとも、本改正により、当局が自らのタイミングで調査を開始するのではなく、まずは当局から届出を行うよう事業者に依頼が行われることとなりますが、事業者内での情報の整理や必要書類の準備等申請のための準備など、実際に届出を行うためには多くの時間や費用を要することとなります。このような事態となれば、当初予定・想定していたスケジュールや費用に大きく影響があることは確実です。そのため、届出基準に該当していないとしても、届出を行わないという判断が適切か否か、引き続き、あらかじめ慎重かつ十分な検討を行う必要があります。

 

(2) 審査期間不算入制度の導入

 

事業者結合に関する通常審査については、正式受理後第一次審査が30日間、第二次審査は90日間、その後の延長は最大60日間との期間についての定めがありますが(旧法25条、26条、改正法30条、31条)、実務上、この間に書類の不備等があり審査が進められない場合には再度書類を提出し直すなどの方法で対応されていました。そのため、法定の期間が守られないケースも多々あり、審査期間の長期化は実務上大きな問題となっていました。

 

改正法においては、以下の事項に当たる場合には、審査期間が一度ストップすることが明記されました(改正法32条)。すなわち、申請からやり直すのではなく審査期間のカウントを一時停止し、以下の事由が解消されたのちに審査を再開することとなりました。

 

改正法32条

  • 事業者が法定された書類や資料を提出しないため、審査を進めることができない場合
  • 事業者結合の審査に大きな影響を与える新たな状況、新たな事実が発見されたため、それらの検証を行う必要がある場合
  • 事業者結合に付されることとなる制限条件について、さらなる評価を行う必要があり、事業者が審査の中止を認めた場合

 

もっとも、期間のカウントを一度ストップした後、カウントを再開するタイミングを誰がどのように決するのかなど本規定の具体的な運用方法は明らかにはなっていません。カウント再開のタイミングを当局が恣意的に決めることができるとすれば、本規定の実質的意味はなくなってしまうところ、今後の運用を注視する必要があります7

(3) 罰則の強化

旧法では、事業者結合の届出義務違反に関しては、50万元以下の過料が課せられることとなっていましたが(旧法48条)、本改正では、届出義務に違反し、かつ、競争を排除・制限する可能性がある場合、営業を譲渡することやその他必要な措置を行い競争が排除・制限される前の状態に戻すように命令を行うことが可能となり、さらに、その場合の罰則も前年度の売上の10%以下と引き上げられることとなりました。また、競争を排除・制限する可能性がない場合であっても、500万元以下の過料に処することとされました(改正法58条)。

我が国の独禁法における届出義務違反における罰則は、200万円以下の罰金とされていることに照らせば、500万元(日本円約1億円)以下の過料とする本改正がいかに厳しい罰則であることがわかります。

 

このように、届出義務違反に対する罰則は非常に強化されました。特に、競争に与えない場合の罰則の上限は、旧法の規定より10倍にもなっています。実務的には、届出義務の有無をより正確に精査することがこれまで以上に重要となったといえます。

 

4 結語

以上のように、本改正における改正箇所は多岐に渡ります。総じていえることは規制が強化されたこと、特に、プラットフォーマー分野について引き続き当局が注視していく姿勢であると考えられる点が特徴です。本法案可決後の202227日付で、競争法関連法案6つが意見公募手続に付されておりますが8、これら関連法案の改正及び今後の実務を適切に把握・留意し対応する必要があります。

 

以上

 


 

  1. http://www.npc.gov.cn/npc/kgfb/202206/24e425d6ac624742a4460ec90dae0d9a.shtml
  2. 現時点では改正法案全文については公表されていないが、改正箇所は公表されている(http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202206/e42c256faf7049449cdfaabf374a3595.shtml
  3. 本改正に関する全人代常任委員会法務委員会経済法務局副局長のインタビューにおいては、「プラットフォーム経済などの新しい業態が急速に発展した結果、従来の独禁法でまかなえない問題も明らかになったところ、本改正はプラットフォーム経済の健全な発展のために非常に重要である。」旨述べられており、本条項の実質的意義如何によらず、引き続き大手IT企業に対する規制が積極的に行われる可能性は高い(http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202206/793a7c74dc28422d9b0f29e1f934cdb7.shtml)。
  4. 我が国の独禁法では、企業結合規制においてのみセーフハーバー基準を設けている(「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」)(https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/guideline/guideline/shishin.html
  5. 中国独禁法は、我が国の独禁法とは異なり刑事罰の規定はなく、民事上の制裁である。
  6. 中国独禁法の下位規範である「企業結合の届出に関する規定(20088月3日施行)」においても、届出基準を満たさない場合にも当局が調査を行うことが可能である旨規定されている(4条)(「中華人民共和国独占禁止法調査報告書(抜粋)https://www.jftc.go.jp/kokusai/worldcom/alphabetic/c/china01.pdf)。我が国においても、「企業結合審査の手続に関する対応方針」(注7)において、届出基準を満たさない場合でも競争に与える影響について精査する必要がある場合に審査を行うことができる旨記載されている。
  7. 改正法37条では、事業者結合審査の「質と効率を向上」させる旨明記されました。
  8. 「事業者集中申告基準に関する国務院規定」(https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220625_348149.html)・「事業者集中審査規定」(https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220624_348144.html)・「独占協定禁止規定」(https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220625_348148.html)・「市場支配的地位の濫用行為制限規定」(https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220627_348155.html)・「行政権力の濫用行為制限規定」(https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220627_348159.html)・「知的財産権の濫用行為制限規定」(https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/202206/t20220627_348161.html)の6規定について意見公募手続中

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執筆者
  • 伊藤 沙条羅
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