【I&S インサイト】サステイナビリティと欧州競争法に関する近時の動き

執筆者:福島紘子

 

「サステイナビリティと欧州競争法」。ピンとこないけど?と思われた企業関係者も多いかと思います。この記事では、そんな皆さまの「?」にお答えしたいと思います。

 

 

Q:「サステイナビリティ」ってうちには関係なさそうですが?しかも何で欧州なんですか?

A:

サステイナビリティとは、長期にわたって環境や経済、社会を良好に維持しようとする考えや取組のことです。2015年に国連でSDGs(貧困撲滅やジェンダー平等など、世界中の人々が取り組むべき17の「サステイナビリティ」に関する目標を網羅的に掲げた行動目標)が採択され、2017年に世界トップの経営陣が集まるダボス会議で、「SDGsに取り組むことで2030年までに12兆ドル超の市場価値創出」(「Business, Better World」)という華々しい数字が発表されると、にわかにビジネス界の耳目を集めるようになりました。

とはいうものの、サステイナビリティは目下の経済的利益と相いれない点も多く、特に経営体力が心配な企業は敬遠してしまうかもしれません。サステイナビリティと経済的利益をどう両立させるのか。世界中の政府や企業が試行錯誤を重ねる中で、SDGsの17の目標中、「気候変動」の課題を「グリーンディール」として最優先課題の筆頭に据え、この難題を解決することで世界をリードしようとしているのが、2019年末に発足した現EU執行部(欧州委員会)です。

 

Q:何故そこで競争法(日本でいう独占禁止法)が出てくるんですか?

A:

「GAFAの天敵」として日本の読者にも知られるべステアー欧州委員会委員(競争政策担当)は、次のように説明しています。公正な競争はイノベーションを促進し、イノベーションによりサステイナビリティが実現する。イノベーションを育む土壌づくりのためには公正な競争が不可欠であり、不公正な競争を規制することが必要である、と。

こうした、競争法→イノベーション→サステイナビリティ、という論法は、先月4日にべステアー委員が主催した大規模フォーラム、「グリーンディールに貢献する競争政策」でも競争当局者により繰り返し強調されました。

 

Q:イノベーションが大切だというのであれば、共同開発したり販路を共通化したり、企業同士が協力すればするほどよさそうですよね。ということは、企業の共同行為に関するEUの規制(TFEU(EU機能条約)101条。以下では「EUの競争制限的協定の規制」といいます。)も適用されにくくなると期待していいんですよね?

A:

企業サイドの問題意識としては、せっかく開発した商品やサービスが「先行不利益」を被りたくない、という点があるかと思います。たとえば、環境負荷を減らすために、成分を濃縮させてボトルが小さくて済むシャンプーを開発したのに、消費者からは同じ値段なのに量が少なくなったと敬遠され、お客さんが他社に流れてしまった、という事態は誰しも避けたいはずです。そのために、ご指摘のように同業者間で協力関係を強化したり、メーカーと販売業者の間で安定的な供給に向けた長期契約を締結したりすることは、有力な選択肢となります。

ましてEUの競争制限的協定の規制では、ひとたびこのような企業間の協定や協調的行為が違法と認定されれば、苛烈な制裁金が課されるおそれがあります(EU理事会規則1/2003号第23条2項)。企業関係者が、EUの競争制限的協定の規制の適用が緩和されることを願っても不思議ではありません。

ですがそうした期待は、先にご紹介した「グリーンディールに貢献する競争政策」のフォーラムで打ち砕かれてしまいました。べステアー委員は、「EUの反トラストと企業結合の規制のおかげで、事業者に対し、限りある資源を有効に使用しイノベーションを起こすよう圧力をかけ続けることができる」と、EUの競争制限的協定の規制の運用に自信をにじませています。現に欧州委員会は、2019年4月の時点で、大手自動車メーカーのBMW、ダイムラー、フォルクスワーゲングループの3社に対し、排ガス浄化技術の開発や展開を制限することを共謀したとして、EUの競争制限的協定の規制違反の疑いがあるとの見解を正式に表明しています。

 

Q:どこに規制の網がかかるかわからないので、イノベーションどころではないのですが?

A:

EUとしても、EUの競争制限的協定の規制が、サステイナビリティに向けた企業の出鼻を挫くような「締め付け」とならないよう、そして企業間の競争にとって有益な「圧力」として機能するよう、最大限の注意を払ってくると思います。とはいえ、「圧力」が企業への刺激として有効となるためにはまず、競争当局が、どのような基準に基づいてEUの競争制限的協定の規制を運用しようとしているかについて、企業が事前に把握できるようにすること、つまり企業側の予測可能性を高めることが前提であることは言うまでもありません。

EU競争総局が昨年2月まで実施していた、水平的協力協定に関するガイドライン等に関する調査によれば、3分の2以上が、競争当局による運用の予測可能性を高めるためにガイドライン等の改訂が必要だと回答し、そのうちのおよそ半数が、最も改訂が必要な分野としてサステイナビリティの領域を挙げました。また、半数近くが、サステイナビリティに関する協定や協調的行為について、ガイドライン等の中に新たに項目を設けて規定すべきだと考えているようです。

EU加盟国も、EUの競争制限的協定の規制の運用が、サステイナビリティを目指す企業にとって実りあるものとなるよう、様々に知恵を絞っています。サステイナビリティの実現に必要な中長期的視野をもった企業が少ないという課題を抱えるギリシアは、サステイナビリティと競争に関する政策提言を公表し、イノベーションに向けた企業の取組について非公式のアドバイスを行う、競争法以外の規制当局者も交えた専門家グループの結成を提案したりしています。

こうした議論の活発化を受け、EUは2021年2月4日のフォーラムにおいて、年内にガイドライン改訂に向けたパブリックコメントを実施することを発表したところです。ガイドラインがどのように改訂され、どのような基準が設定されるか、EU競争当局の動きを注視する必要があります。

 

Q:どのような基準になるのであれ、他社との協定や協調的行為が違法と判断された場合でも、その結果イノベーションに成功して、温室効果ガス排出の削減につながるような商品・サービスを生み出せたら、違法行為が見逃されるとありがたいんですが?

A:

EUの競争制限的協定の規制上、TFEU101条1項に反する企業活動であっても、同条3項の同条1項適用除外条項に該当すれば、当該活動は許容されます。TFEU101条3項は、①商品の生産・流通の改善または技術的・経済的進歩に役立ち、かつ、②消費者に対しその結果として生じる利益の公平な分配を行うものであり、③目的達成のために必要不可欠でない制限を課すものでも、④当該商品の実質的部分について競争排除の可能性を与えるものでもないことを要件としています。

とりわけサステイナビリティの文脈で問題になるのが、②の要件です。

従来のEUの競争法の解釈では、②の「消費者」とは、違法な共同行為が行われた市場の消費者(以下「狭義の消費者」)を指してきました。ところが、サステイナブルな商品なりサービスが、TFEU101条1項の違法な共同行為によって実現した場合、「結果として」利益を享受するのは、狭義の消費者ではなく、違法な共同行為とは本来的に関係がないはずの外部の市民(以下「広義の消費者」)をも含みます。

先のシャンプーの例でみますと、環境負荷が少ないシャンプーにより、気候変動の緩和などの利益を享受するのは、問題となる行為が行われたEU域内の消費者という地理的な枠を超えて、広く世界の市民にまで拡がりえます。また、時間軸としても、問題となる行為が行われた時点の消費者はもちろんのこと、将来世代をも考慮に入れる必要があります。EU加盟国の中でも、国土の約4分の1が海水面以下に位置し、気候変動への取組にとりわけ熱心なオランダでは、既に、TFEU101条3項に該当する国内法の解釈について、「消費者」を広義の消費者まで拡張すべく、ガイドラインを変更するためのパブリックコメントを実施しているところです。 とはいえ、広義の消費者の概念を導入するか否かは、OECDにおける近時の議論が示すとおり、各国の競争当局や競争法の有識者の間でも議論の対立がある部分です。したがって、少なくともEUのレベルでは、サステイナビリティに役立つ商品・サービスを開発・販売したからといって、直ちに要件②を含めたTFEU101条3項の要件に該当し、TFEU101条の1項の適用が除外されるとは容易には結論付けられなそうです。

 

Q:なかなかスッキリといかなそうですね?

A:

そうですね。競争法の観点からサステイナビリティに対応しようとすると、これまでEUのみならず国際的な共通認識であった競争法の解釈を根本的に変容させうるため、一筋縄ではいかないのです。

たとえば、広義の消費者の概念は、従来の「消費者」概念を押し広げるのみならず、従来の競争法が対象とする「消費者」との緊張関係をはらんでいます。再びシャンプーの例に戻りましょう。環境負荷を少なくしたことにより、メーカーがシャンプーの値段を上げたとします。そしてTFEU101条1項に反する協定に基づき、大手スーパーが当該メーカー以外のシャンプーを、環境負荷が高いという理由で販路から締め出したとします。この場合、TFEU101条3項の要件②のいう、「消費者に対しその結果として生じる利益の公平な分配を行」ったと言えるのかどうか。

伝統的に、要件②は、問題となる協定や協調的行為が直接的に影響を与える消費者を対象としてきました。つまりは、シャンプーのユーザーです。そしてその中には、サステイナビリティなんて関心ないからとにかく安いシャンプーが欲しいというユーザーも、もちろんいます。このようなユーザーが、問題の協定により、大手スーパーで代わりとなる安いシャンプーを購入できなくなることは、当該ユーザーにとって明らかな不利益です。

従来の解釈では、このような場合に、TFEU101条3項の要件②のいう「利益の公平な分配」は必ずしも認められません。では、どのような競争法上の理屈ならば、「利益の公平な分配」があったと評価できるのか。難しい問題です。

 

Q:いずれにせよ、ヨーロッパに進出していないし進出する予定もない企業にとっては、関係ない話ですよね?

A:

そうでもありません。たしかに日本の独占禁止法に関して、サステイナビリティに向けた役割はいまだに意識的に論じられていません。しかし既に約15年前の時点で、公正取引委員会は、レジ袋有料化に関する協定の締結についての判断を示しており、現在からみればそこでの問題意識は、サステイナビリティに向けた取組と通底しています。

問題となった協定は、とある市、住民団体そして市内のほとんどの小売事業者の間で結ばれたもので、ある時点以降、小売店舗での商品の販売に際してレジ袋の提供を有料化(1枚5円)とする内容でした。この問題に対する公正取引委員会の判断の特徴は、レジ袋の提供は、商品提供という当該小売店舗の本来のサービスではなく副次的なものにすぎないため、協定に参加した小売事業者が競争を行っているのは、レジ袋の取引についてではなく、当該小売事業者が販売する商品全体の取引についてである、と設定したことにあります。その上で、公正取引委員会は、以下の点を認定しました。問題の協定が締結されることにより、レジ袋を必要とする顧客にとって、レジ袋を無償提供または5円より安値で提供する小売事業者を選択する余地はほぼなくなるものの、協定によって、小売事業者間での商品の販売についての競争は制限されないこと。レジ袋は、顧客にとって商品購入に当たり必要不可欠なものとはいえず、また、顧客はレジ袋の購入を目的として来店するものではないこと。そして、レジ袋の利用抑制の必要性は社会的に理解されており、正当な目的に基づく取組であるといえ、協定の内容も目的に照らして合理的に必要とされる範囲内であること。以上から、公正取引委員会は、問題となった協定を独占禁止法上違法ではないと判断しました。

では、事案が少し変わり、協定の対象が「副次的なサービス」ではなく「本来のサービス」(シャンプーの例でいうとシャンプーの販売)となった場合、同じ結論となるのか。どの程度まで「社会的」な「理解」が進んでいれば、「正当な目的」と言えるのか。仮に「正当な目的」であったとして、「本来のサービス」の値上げはどの程度までなら「合理的に必要とされる範囲内」に収まると言えるのか。これらの質問に対する回答はいまだ未解決といえます。 

今後、公正取引委員会がサステイナビリティに向けた企業間の協定や協調的行為の「不当な取引制限」(独占禁止法2条6項)該当性を審査するにあたっては、こうした疑問に答えながら、EUや各国の規制当局の取組も踏まえて、判断枠組みを構築していくことが考えられます。

「欧州のサステイナビリティと競争法」をめぐる議論や競争当局の取組は、対岸の火事とはいえないのです。

 

 

以上のように、今回の記事では、サステイナビリティに関する競争法上の課題についてお話ししてきました。次回の記事では、同じくサステイナビリティについて、今度は消費者法の観点から、ご一緒に考えていきたいと思います。

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