【I&S インサイト】仮の差止めは措置命令回避の有効な手段となりうるか ―実際の事例を踏まえて(東京地裁令和4年1月12日決定・東京高裁令和4年4月13日決定)―

執筆者:竹蓋 春香

 

仮の差止めは措置命令回避の有効な手段となりうるか
―実際の事例を踏まえて(東京地裁令和4年1月12日決定・東京高裁令和4年4月13日決定)―
 

 

はじめに

  『あなたがたには景表法違反で措置命令を出します!』――行政処分(不利益処分)はある日突然やってくる・・・・・・ものではなく、行政(国・地方公共団体等)は、法律に従って緻密に行政調査をし、証拠を固め、違反被疑事業者には意見陳述の機会を与えてから行政処分に至ります。

 行政調査や意見陳述の中で、「法令違反はしていない」、「違反の影響は小さい」といった主張・立証していく方法もありますが、これとは別に、差止訴訟(行政事件訴訟法3条7項)・仮の差止めの申立て(行政事件訴訟法37条の5第2項)という方法があることをご存じでしょうか。

 近年、消費者法・独禁法分野では、行政処分を事前に食い止めるために、差止訴訟及び仮の差止めの申立てを活用する例が見受けられます。今回は、活用の先駆けとなった東京地裁令和4年1月12日決定(令和3年(行ク)第331号)及び東京高裁令和4年4月13日決定(令和4年(行ス)第8号)を題材として、仮の差止めの最難関要件である「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」の要件について紹介していきたいと思います。

 

仮の差止めとは?

1 意義

 仮の差止め(行政事件訴訟法37条の5第2項)とは、「差止訴訟における仮の救済手段として」[i]用意された制度です。つまり、差止訴訟が前提となって成立している制度であるといえます。

 そして、行政事件訴訟法3条7項は、差止訴訟(差止めの訴え)について、「行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。」と規定します。

 行政を相手とする訴訟でよくあるパターンは、処分の取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)ですが、これは行政処分を受けた後に、処分が不服であるとして訴訟提起するものです。

 しかし、行政処分を受けてしまうと、事業活動に大打撃があることが予測されるところ、行政処分を甘んじて受けるのではなく、事前に行政処分を阻止する手段があります。これが差止訴訟です。

 


 行政処分を阻止するための差止訴訟があるのであれば、仮の差止めという制度はなぜあるのか、という疑問が湧くと思います。差止訴訟だけではなく、仮の差止めも設置されたのは、「…差止訴訟の本案判決を待っていたのでは償うことができない損害を生ずるおそれがある場合に迅速かつ実効的な権利救済を可能にするため」[ii]です。事業活動に大打撃を与える行政処分が予期されている差し迫った状況にもかかわらず、差止訴訟は通常の訴訟と同じ手続ですので、法律上はスピーディーな審理が約束されていません。仮の差止めという制度があることで、スピーディーな審理・判断が期待でき、これが仮の差止めの最大のメリットであるといえます。

 

2 最難関要件「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」

 仮の差止めが認められるためにはいくつか要件がありますが、最難関要件が「その差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることです(行政事件訴訟法37条の5第2項)。行政を相手にする訴訟類型の中でも最難関といっていいと思います。

 この要件は、生活や事業活動の基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあるかどうか、回復が著しく困難な状況を生じさせるおそれがあるかどうかなど、それぞれの事案に応じて様々な事情を考慮した上で判断されます。より具体的には、過去の裁判例を踏まえると、「当該処分により生ずる損害の回復の困難の程度を考慮し、当該損害の性質及び程度並びに当該処分の内容及び性質」を勘案することになります。そして、損害の性質は、原状回復の可否や金銭等による填補の実効性等を、損害の程度は、申立人の受ける不利益の規模、深刻さ等を指し、申立人以外の者の利益にも関わる当該処分の内容及び性質をも勘案します[iii]。

 個人又は法人の事業活動に関する過去事例を見てみると、一定期間業務の停止を命じる行政処分については「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」が認められない傾向にあり[ⅳ]、許認可取消処分及びそれに繋がるような行政処分についてはこの要件が認められる傾向にあるようです[ⅴ]

 それでは、今回の題材事例はどのような判断がされたのでしょうか。

 

本件の概要

 処分行政庁である消費者庁長官は、Ⅹ社に対して、景表法7条2項に基づいて、A商品群の商品1~6に関する下記表示(以下「本件表示」といいます。)の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めたところ、Ⅹ社は、試験の結果が記載された報告書等を提出しました。しかし、消費者庁長官は、同資料が下記表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものとは認められないことを理由として、Ⅹ社に対して、行政手続法13条1項2号及び30条に基づいて弁明の機会の付与の通知をしました。これを受け、Ⅹ社は、措置命令(景表法7条1項)の差止めを求める訴えを提起した上で、仮の差止めを申し立てました。

 東京地裁は商品1・2については認容、商品3~6については却下の判断を下しました。その直後、消費者庁長官は、Ⅹ社に対して、商品3~6に関する措置命令を出しています。そのため、Ⅹ社は、東京高裁に対して即時抗告をしていましたが、商品3~6について即時抗告を取り下げており、東京高裁は商品1・2のみ判断しています。

Ⅹ社が行った表示の例(商品パッケージ)

「空間に浮遊するウイルス・菌・ニオイを除去※」

「空間に浮遊するウイルス・菌を二酸化塩素のチカラで除去※」

裁判所の判断(「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」要件の部分)[ⅵ]

1 東京地裁令和4年1月12日決定 一部認容・一部却下

ア 判断基準について

 東京地裁は、「仮の差止めは、処分がされた後の執行停止又は損害賠償等によるのでは救済の実を挙げることができない場合に、その処分がされることにより生ずる損害をあらかじめ避けるために認められるものであって、処分がされることにより生ずる「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があると認められるためには、当該処分により生ずる損害の回復の困難の程度を考慮し、当該損害の性質及び程度並びに当該処分の内容及び性質をも勘案して(同法(筆者注:行政事件訴訟法)37条の4第2項参照)、処分後の執行停止、損害賠償等の事後の救済手段によるのでは救済が著しく困難又は不相当であることが一応認められる必要があると解すべきである。」と判示しました。

イ 本件の判断概要

 東京地裁は、過剰在庫等によりX社の財務状況が悪化していた中で、措置命令が行われれば、消費者庁による記者会見、報道、X社自身による誤認排除措置としての周知、商品パッケージで本件表示ができなくなることによる、売上の減少、流通業者及び小売事業者による店頭からの商品撤去、返品対応等から多大な損害が生じ、これら損害は、措置命令の取消訴訟や国家賠償請求といった命令後の対処によっては全て回復されるとは限らないなどとして、「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」要件の充足を認めました。

2 東京高裁令和4年4月13日決定 原決定一部取消・抗告一部棄却

 判断基準は上記(1)アを肯定した上で、次のように判断しました。

 先行して措置命令を受けた事業者の商品の中には販売を継続しているものもあること、Ⅹ社の商品も、既に措置命令が行われた商品3~6について、一部では販売が継続していること等から、商品1・2に関する措置命令が行われても、Ⅹ社のA商品群の売上高が著しく減少するとまでは認められないこと、X社の財務状況の悪化は、商品需要の見通しを過大に見積もったことに伴う過大な投資による部分が相当程度あることなどから、措置命令による「損害」と認めることは直ちには困難であるとして、「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」の要件の充足を否定しました。

 

本件の分析

1 損害の回復の困難の程度、損害の性質・程度

ア 信用低下による売上高低下

 従前の裁判例では、信用低下は、損害の回復の困難の程度が著しいといえなければ、「償うことができない」損害ではないと判断されていたようです。また、損害の性質が財産的利益の場合には、原則として回復困難とはいえず、直ちに経営に重大な損害が生じるか、事業遂行ができない状況でなければ、「償うことができない」が否定される傾向にありました[ⅶ]

 東京地裁決定は、本件表示を「消費者に対して訴求している中核的内容」と評価し、措置命令時の消費者庁記者会見、ニュース報道、誤認排除措置としての周知(刑罰規定あり)があることを認定した上で、A商品群の評価が著しく低下することによって売上高が大幅に減少すること、商品の販売を継続しても売上高回復は事実上相当困難と評価しています。

 また、A商品群の売上高は、総売上高の約56.4%を占めていました。そうなると、A商品群の売上高が相当の長期間大幅に減少するとなれば、X社の財務状況を悪化させる要因となる旨指摘しています。

 このような東京地裁決定を見ると、信用低下による売上低下を「償うことができない損害」を支える大きな事情として判断しており、従前の裁判例と判断基準は同じであっても評価のスタイルが異なるように思われます。東京地裁決定の判断は歓迎すべき内容ではあるものの、悩ましい部分もあるように見受けられ、今後の参考とする場合には精密な分析を要しそうです。つまり、信用低下による主力商品の売上低下は抽象的には観念できるものの、事後救済手段では回復不能なほどなのかは通常は検証のしようがありません[ⅷ]。また、一般消費者にとって必需品となっている場合には、不当表示があったとしても、当該商品を購入しない、又は、類似商品に乗り換えるという行動をとりにくいと思われ、売上低下の程度があまり大きくならないと認定される可能性もあります。

 他方、東京高裁決定は、信用低下による売上低下は肯定しつつも、売上低下の程度は、A商品群の「売上高も相当程度減少することも予想され得るところである」と評価するにとどまっています。東京高裁決定は、従前の裁判例と親和性が高いと思われ、東京地裁決定を覆したという話題性はありましたが、判断の内容は予測の範疇のように思います。

イ 小売店からの撤去・返品対応

 東京地裁決定は、類似商品を販売していた他社に対する措置命令を受けて、他社類似商品が小売店から撤去されていたことなどから、X社に対する措置命令が出れば、X社の商品も撤去・返品される可能性が高く、衛生商品であるために再販売は難しいことから、返品による損失(返品手数料や利益補償を含みます。)が想定されると判示しています。

 これに対して、東京高裁決定は、A商品群は医薬品ではなく雑貨に分類される物であること、商品3~6については措置命令後に一部パッケージを変更して再販売していること、商品3~6は一部大手ドラッグストアで販売が継続していることを指摘して、A商品群の「売上高が著しく減少するとまで認めることは直ちにはできない」と判示しました。

 小売店からの撤去に関しては、東京地裁決定の後に商品3~6に関する措置命令が出されたことが、商品1・2の判断に大きく影響しているといえます。そして、X社の商品3~6に係る対応次第では、小売店からの撤去・返品対応に関する事実認定及び法的評価は変わったと思われますが、措置命令を受けて会社の信用を保ちながら売上をできる限り落とさないようにするという方針を取るか(商品3~6を販売するか)、商品1・2に関する即時抗告で勝つために商品3~6の返品対応・自主回収をするという方針を取るかは非常に難しい判断です。このように、東京高裁決定は、裁判手続だけではなく会社としての全体方針を決めておく必要性があることを示しているといえます。

ウ 損益、資産・負債の状況

 東京地裁決定は、X社の営業利益が15億円を超える赤字であること、現預金に比して流動・固定負債が大きく上回ることから多くの有利子負債を負担していることが推認でき、措置命令が発令されたら信用不安等が生じうることを指摘しています。また、同決定は、X社が融資を受けて営業を継続するとしても売上高の減少は長期にわたることが予想され、回復することは容易ではないと判示し、上記ア及びイの判断と併せて、取消訴訟や国家賠償請求訴訟によっても、損害が全て回復されるわけではないと判断しました。この判断は、売上低下の打撃が大きいという事実が前提となっていますので、上記ア及びイの要素を説得的に論じなければ成立しない関係にあります。

 東京高裁決定は、令和3年12月時点(申立直後の時点)で、既に財務状況が悪化しており、この原因は、商品需要の見通しを過大に見積もったことに伴う過大な投資による部分が相当程度あることを指摘して、措置命令により生ずる損害であることを否定しています。東京高裁決定のほうが、なぜ赤字なのか、なぜ負債が大きいのか、決算短信はどうなっているのかを分析して評価しているため、より説得的な判断といえるのではないでしょうか。そのため、もし今後仮の差止めの申立てを行う際には、このような分析をした主張をしなければ、最難関要件をクリアすることはできないものと思われます。

2 処分の内容・性質

 判断のための考慮要素として、処分の内容及び性質もありますが、東京地裁決定も東京高裁決定も、決定理由にはこれらを明示的に検討した形跡は見当たりません。これは、「損害」と「処分」は表裏一体の関係にあるためであると考えられます。つまり、不利益処分の名宛人が仮の差止めの申立人となる場合、処分の名宛人は、権利を剥奪されるか、義務が課されることになりますので、不利益処分によって損害を生じさせるか、不利益処分の発令に伴い付随的に損害が生じることになります[ⅸ]

 本件を例にいえば、措置命令は、「一般消費者の利益」(景表法1条)の保護を目的として、不当表示について、消費者庁長官が誤認排除措置として社告を出したり、再発防止策を講じたりするなど、「必要な事項」(景表法7条1項柱書き)を命ずることができるようになっています。社告によって不当表示の事実を公表すれば、程度の問題こそあれど、信用及び売上の低下という損害が生じることは当然のことです。そのため、処分の内容・性質を独立の項目として検討する必要性はなく、「損害」の項目で吸収されているといえます。

 

その後の経過

1 本件のその後の経過

 東京高裁決定が出た翌々日には、商品1・2に関する措置命令が出ているため[ⅹ]、差止訴訟本体は、X社が取り下げたようです[ⅺ]

2 本件以降の仮の差止め

 東京地裁が事業者にとって有利な判断をしたことを契機に、独禁法分野で仮の差止めを申し立てる例が増加しているようです。例えば、有明海海苔事件(東京地裁令和6年1月9日決定(却下・確定))[ⅻ]、ASP事件(東京地裁令和6年5月27日決定(却下)、抗告審東京高裁令和6年6月24日決定(抗告棄却・確定))が公正取引委員会の令和5年度年次報告[xⅲ]及び令和6年度年次報告[xⅳ]で公表されています。しかし、いずれも「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」の要件が認められないと判断されました。

 このように、「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」はいまだ最難関要件であることには変わりなく、事業活動での違法を原因とする不利益処分においては、仮の差止めは非常に難易度が高いことがわかります。

 

おわりに

 行政が調査に入ると、事業者としては調査対応をこなすことが精一杯となり、採り得る手段を吟味するということが難しくなります。これは、タイトなスケジュールで、多くの項目について質問に答えたり、資料を提出したりしなければならないためです。

 しかし、行政調査の初期段階から、目の前の調査対応だけではなく全体方針・出口戦略を考えておくべきであり、そもそもどのような手段がありうるのか、その手段は有効な防御活動といえるのか、最終的な落としどころはどうなるのかということを念頭に入れておかなければ、適切な対応が難しくなります。

 仮の差止めは、行政処分を食い止めるという意味では、非常に強力な手段であり、まさに「攻めの防御活動」といってよいでしょう。しかし、強力な手段である反面、最難関要件をクリアする必要があり、裁判所に認めてもらうには非常にハードルが高いといえ、本当に有効な手段であるのかという点については、少々難しい側面があると言わざるを得ません。そのため、法的効果だけを見て仮の差止めを選ぶのは慎重になるべきです。そして、今回は、「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」の要件を取り上げましたが、行政を相手とする手続には難しい論点が多く存在しますので、もし自社が行政から調査を受けることになれば、できるだけ早い段階で行政対応に詳しい専門家への相談をおすすめします。

 

以上

 

 

 


[i] 中原茂樹「基本行政法第4版」406頁

[ii] 平成16年1月6日付け「行政訴訟制度の見直しのための考え方」第2の4(2)(8~9頁)

[iii] 南博方・高橋滋・市村陽典・山本隆司編「条解 行政事件訴訟法」第5版926~927頁

[ⅳ] 一定期間業務の停止を命じる行政処分の例として、医師法7条1項2号に基づく医業停止処分(大阪地裁平成29年2月23日決定)、司法書士法47条2号に基づく業務停止命令(東京地裁平成22年4月12日決定)など

[ⅴ] 許認可取消処分及びそれに繋がるような行政処分の例として、特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法16条の4第3項に基づく運賃変更命令及び同法17条の3第1項に基づく事業許可取消処分(大阪高裁平成27年1月7日決定、福岡高裁平成27年1月9日決定など)

[ⅵ] 公正取引第877号25頁参照

[ⅶ] 大島義則「実務解説 行政訴訟」322~323頁

[ⅷ] 本件のⅩ社はA商品群について2回目の措置命令であることから、措置命令による売上低下は予測しやすかったという特殊事情があります。

[] 石井崇「排除措置命令の差止請求及び仮の差止め申立て-有明海海苔事件」ジュリスト1604号7頁

[] 公正取引第877号24頁

[] 消費者庁公表資料「令和4年度における景品表示法の運用状況及び表示等の適正化への取組」(令和5年9月22日付け)

[ⅻ]前掲ジュリスト6~7頁

[xⅲ] https://www.jftc.go.jp/soshiki/nenpou/r5nenpou/r5nenpou_zentai.pdf

[xⅳ]https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/jun/250613nenpou/250613nenpou_hontai.pdf


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