【I&S インサイト】スマホ新法によるOS機能の解放とサードパーティが取り得る対応

執筆者:田中 孝樹

 

スマホ新法によるOS機能の解放とサードパーティが取り得る対応   

 

はじめに

 「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(以下「スマホ新法」又は「法」といいます。)は、令和6年6月12日参議院本会議において可決・成立[1]した後、規制対象事業者の指定に関する規定等が同年6月に施行されていたところ、今年1218日に全面施行されました。

 施行当日は、各種メディアでスマホ新法施行の影響について報道されました。それらの多くは、iOSiPhone)におけるサードパーティのアプリストアの提供や、スマホを使った決済方法の自由化に着目したものでした。

 それらの重要性は言うまでもないことですが、他方で、スマホ新法の規律内容はそれらに限られているわけではありません。報道等で触れられることが少ない規律でも、事業者に大きなビジネス上の影響を与える可能性がある規律が存在しています。

 また、スマホ新法に関連して、有識者のコメントでは、デベロッパ等が公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)による法執行を待つだけでなく積極的に訴訟提起等を行うことも選択肢となる旨の指摘がされています。ただ、スマホ新法に基づき事業者が何をできるのかについての解説は多くありません。

 そこで本稿では、スマホ新法の概要に触れた後、これまで報道等で中心的に取り上げられているとはいえないが注目すべきものとして、OS機能の利用制限についての規律を説明します。その上で、指定事業者によるスマホ新法に違反する行為により被害を受けたデベロッパ等がどのような措置を講じ得るのかについて説明します。

 

スマホ新法の概要

1 目的

 スマホ新法は、OS、アプリストア、ブラウザを提供する事業者や、検索エンジンを用いた検索役務を提供する事業者のうち、その事業の規模が一定規模以上のものを規制対象として指定し、特定の行為を禁止等することにより、特定ソフトウェア(スマートフォンのOS、アプリストア、ブラウザ及び検索エンジンの総称)に係る公正かつ自由な競争を促進し、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とするものです(法第1条)。

 このようなスマホ新法の目的は、規定ぶりを含めて独占禁止法の目的(独占禁止法第1条)と同様であり、独占禁止法を補完する法律であることが表れているといえます。

 

2 定義

 スマホ新法は、アプリストア、ブラウザ及び検索エンジンなど、よく耳にする用語を定義している(それぞれ法第2条第4項、第5項及び第6項)一方で、日常的に使われている言葉を意味する用語として耳慣れない定義を置くものもあります。例えば、普通は「OS」と呼ばれるものを「基本動作ソフトウェア」と定義し(同条第2項)、アプリ(いわゆるネイティブアプリ)のことを「個別ソフトウェア」、アプリを提供する事業者のことを「個別アプリ事業者」と定義しています(同条第9項)。

 本稿では、一般的な呼称であるOSやアプリ等の用語を使用します。

 

3 指定

 スマホ新法は、特定ソフトウェアを提供する提供する事業者をすべて規制対象とするものではありません。公正取引委員会は、特定ソフトウェアの提供等を行う事業者のうち、特定ソフトウェアの種類ごとに政令で定める一定規模以上の事業を行う者を規制対象事業者として指定し、指定された事業者(指定事業者(3条2項))に各種の義務を負わせるという建て付けとなっています。

 指定の基準となる政令は「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律第三条第一項の事業の規模を定める政令」(令和6年1219日施行)であり、これに基づき以下のとおり事業者の指定が行われました。

 

4 禁止行為・講ずべき措置

 スマホ新法は、指定事業者に対し、一定の行為を禁止し、一定の措置を講ずることを義務付けます。これらの規律に違反するか否かの判断に際して、指定事業者の具体的な行為が競争に与える影響は問われません。これをもって、スマホ新法は事前規制を行う法律であるといわれることがあります。

 指定事業者に対する規制の概要やこれに違反した場合の措置等は以下のとおりです。

※公正取引委員会「スマホソフトウェア競争促進法概要資料」より抜粋

 

 iOS(iPhone)においてAppStore以外のアプリストアの提供を妨げることを禁止する法第7条第1号の規律、アプリ提供事業者に対して、アプリにおける課金システムとしてIn App PurchaseApple)又はGoogle Play BillingGoogle)の利用を義務付けることを禁止する第8条第1号の規律、アプリ内でWebサイトへの誘導等を行うこと等を禁止する第8条第2号の規律などが特に報道で注目を集めたことは冒頭に述べたとおりです。

 これらのうち、禁止事項に違反すると、独占禁止法と同様に、排除措置命令及び(一部の規律については)課徴金納付命令が発せられることとなります。講ずべき措置を講じない場合には、直ちに命令が行われるわけではなく、まずは勧告が行われ、勧告に係る措置が講じられなかった場合に命令が行われることとなります。

 

OS機能の利用妨害の禁止

 ここからは、決済方法の自由化等と比べて報道等で取り扱われる頻度は高くないものの、ビジネスに大きな影響を与える可能性があると考えられる規律の一つである、OS機能の利用妨害の禁止について説明します。

 

 1 規制の趣旨

 アプリはスマホの機能を利用して動作するものですが、OS事業者のみが特定の機能を一定の性能で利用でき、他の事業者はその機能を利用できない、又は利用できるものの低い性能でしか利用できない場合には、OS事業者と他の事業者との間に大きな競争力の差が生じることとなります。

 そこで、スマホ新法第7条第2号は、OSに係る指定事業者に対し、自らがアプリの提供に利用する、OSにより制御されるスマホの機能を他の事業者が同等の性能で利用することを妨げる行為を禁止することで、アプリ間の競争を促進しようとしています[2]

第7条

指定事業者(基本動作ソフトウェアに係る指定を受けたものに限る。)は、その指定に係る基本動作ソフトウェアに関し、次に掲げる行為を行ってはならない。…

一 (略)

二 当該基本動作ソフトウェアにより制御される音声を出力する機能その他のスマートフォンの動作に係る機能であって、当該指定事業者が個別ソフトウェアの提供に利用するものについて、同等の性能他の事業者が個別ソフトウェアの提供に利用することを妨げること。

2 「スマートフォンの動作に係る機能」

 OSにより制御されるスマホの機能(以下「OS機能」といいます。)には、条文で例示されている音声出力機能の他に、例えば通信機能、生体認証機能、位置情報の測位機能、文字入力機能、アプリを起動させる機能、スマホと外部機器とのペアリング機能などが広く含まれます。具体的に挙げた機能は例であり、スマートフォンの動作に係る機能は幅広く該当します(スマホソフトウェア競争促進法に関する指針(以下「スマホ新法ガイドライン」第3の3(2)イ(ア)a)。

 

3 「当該指定事業者が個別ソフトウェアの提供に利用するもの」

 上記1のとおり、この規律は、OS事業者が自己のアプリのみに一定の性能でOSの機能を利用できるようにすることによりアプリ提供についての公正な競争が阻害されることを防止することを趣旨とするものです。このような趣旨から、OS事業者がアプリ提供のために利用するOS機能に対象が限定されています。

 OS事業者がOS機能をアプリの提供に利用する場合には、アプリそれ自体においてOS機能が利用される場合(例えば、音声出力機能は、音楽サービス提供アプリそれ自体において利用されています)だけでなく、アプリと事実上一体として提供される商品等についてOS機能が利用される場合が含まれるとされています。例えば、スマホとスマートウォッチのペアリングに関するOS機能については、スマートウォッチの提供に使用しているだけであり、アプリの提供には利用されていないとも考えられますが、スマートウォッチをスマホ側で操作するためなどに使用するアプリ(いわゆるコンパニオンアプリ)はスマートウォッチと事実上一体として提供されていることから、コンパニオンアプリの提供にも利用されていると理解されています(同b)。

 ただ、このような整理を踏まえたとしても、コンパニオンアプリのようなアプリすらスマホにインストールされない、純然たる外部機器についてはOS機能の利用妨害の禁止の規律を及ぼすのは困難と思われます。例えば、Bluetoothを利用した無線イヤホンの接続機能に関して指定事業者がサードパーティ事業者に一定のOS機能を同等の性能で利用させなかったとしても、指定事業者はその機能をアプリの提供に利用していると解するのは、スマートウォッチの場合に類似するようなコンパニオンアプリが提供されているような場合を除けば、困難と思われます[3]

 

4 「同等の性能」

指定事業者がOS機能を利用するときに比べ、他の事業者がこれを利用するときとで性能が有意に劣る際には「同等の性能」であるとはいえないとされています(スマホ新法ガイドライン第3の3(2)イ(イ)。

 

5 「他の事業者が個別ソフトウェアの提供に利用することを妨げる」

 「妨げる」とは、OS機能を同等の性能で他の事業者がアプリの提供に利用することを困難にさせる蓋然性の高い行為をいいます(同(ウ))。

 これには、そもそも他の事業者に一定の機能を同等の性能で利用させないことのほか、利用することはできるようにしつつ、合理的でない技術的制約や金銭的負担を課すこと等が含まれます。

 なお、指定事業者が特許権等の知的財産権が存在することを理由に、他の事業者によるOS 機能の同等の性能での利用に際し、当該知的財産権のライセンス対価としての手数料等の金銭的負担を課す行為については、従来の独占禁止法における運用に倣って判断され、当該行為が知的財産権の権利行使と認められる場合には、法第7条の規定に違反しないと判断することとなるとされています(同上)。

 この点について若干敷衍して説明します。

 独占禁止法は、第21条で「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と定めています。

 どのような場合に「当該行為が知的財産権の権利行使と認められる行為」と評価されるかについては、独占禁止法に関するガイドラインである知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(以下「知的財産ガイドライン」といいます。)に記載があります。これによると、技術の利用に係る制限行為のうち、そもそも権利の行使とはみられない行為は「当該行為が知的財産権の権利行使と認められる行為」とはいえず、権利の行使とみられる行為であっても、行為の目的、態様、競争に与える影響の大きさも勘案した上で、事業者に創意工夫を発揮させ、技術の活用を図るという、知的財産制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合は、「権利の行使と認められる行為」とは評価できないとされています(知的財産ガイドライン第2の1)。

 スマホ新法が類型的に独占禁止法に違反すると考えられる行為を規律の対象としたものであることからすると、独占禁止法が適用されない行為についてはスマホ新法においても違法と判断することはできず、上記のスマホ新法ガイドラインの記載は自然な考え方であるといえます。

 もっとも、「権利の行使と認められる行為」であるか否かの評価においては行為が競争に与える影響の大きさも考慮されることになるとされていますが、これは、スマホ新法が行為が競争に与える悪影響を違反要件とせずに規制する法律であるという性質と若干の緊張関係にあるように思われます。とはいえ、知的財産制度の存在・重要性等に鑑みるとやむを得ないところではあるでしょうし、競争に与える影響はその行為が知的財産制度の趣旨を逸脱しているか等を判断するための考慮要素の一つという位置付けではあるので、必ずしも規制の大きな支障とはならないと考えられます。

 

6 正当化事由(スマホ新法第7条ただし書き)

 以上のいずれの要件も満たす場合であっても、スマホ新法第7条ただし書きに定められている正当化事由に該当する場合には、同法に違反することにはなりません。

スマホ新法第7条柱書ただし書き

ただし、当該基本動作ソフトウェアが組み込まれたスマートフォンについて、サイバーセキュリティの確保等(スマートフォンの利用に係るサイバーセキュリティ基本法(平成二十六年法律第百四号)第二条に規定するサイバーセキュリティの確保、スマートフォンの利用に伴い取得される氏名、性別その他のスマートフォンの利用者に係る情報の保護スマートフォンの利用に係る青少年の保護その他政令で定める目的をいう。次条において同じ。)のために必要な行為を行う場合であって、他の行為によってその目的を達成することが困難であるときは、この限りでない。

 詳細は省略しますが、サイバーセキュリティの確保、利用者情報の保護及び青少年の保護並びに政令で定められた目的であるスマホの以上な動作の防止及び犯罪行為の防止(スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律施行令第2条)という目的のために必要な行為を行う場合であって、他の行為によってその目的を達成することが困難であることが正当化事由となります。

 これは、特定ソフトウェアに関する競争の促進とサイバーセキュリティ等のバランスをとるための規律であり、独占禁止法に基づく違法性の判断においても、目的が必ずしも限定されていないという大きな違いはあるものの、同様の判断枠組みによる正当化が認められると考えられています。

 

7 本規律のビジネスへの活用

 スマホ新法の立案に至る過程において、OS機能の利用に関して競争上の問題が指摘されたものとして、Apple社による一定のMiniAppの実装の禁止、UltraWideBandへのアクセス制限及びNFCへのアクセス制限等がありました。UltraWideBandは既にそれ自体としては解決済みの問題ではありましたし、NFCへのアクセスについても、欧州のデジタル市場法の影響もあって、一定程度アクセスの解放が認められている状況のようです。もっとも、Apple社によるOS機能の利用と同等の利用が認められているかは必ずしも明らかではないという意見も耳にします。

 いずれにしても、OS機能の利用妨害の禁止の規制対象となるのは、上記のOS機能に限られないことはいうまでもありません。今後もスマホには様々な機能が搭載されていくのだろうと思われますが、そのような新しい機能についても、OS機能といえる限りでは、本規律の対象となる可能性があります。スマートフォンに関係するビジネスを営む事業者は、自社商品・サービスの開発においてOS機能の利用の観点で指定事業者より不利となっていると考えた場合は、本規制に指定事業者が違反していないかを検討することが有用となる可能性があります。

 

事業者の取り得る対応

 それでは、指定事業者がスマホ新法に違反している場合、他の事業者はどのような対応を取ることができるのでしょうか。

 

1 公取委への申告

 指定事業者にスマホ新法違反があると考えた場合、誰でも、公取委にそれを報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができます(法第15条第1項)。このような報告の制度は独占禁止法においても設けられており、一般に「申告」と呼ばれています。

 申告については秘密が保持されることになっています。また、スマホ新法第15条第2項は、指定事業者の違反を申告したことを利用とする不利益取扱いを禁止しています。そして、公取委は、申告があった場合には事件について必要な調査をする義務を負います(法第15条第2項)。

 しかし、独占禁止法における同様の規定(独占禁止法第45条第2項)の運用に鑑みると、申告がされたからといって公取委が全件について本格的な調査を開始するわけではないことになると考えられます。

 スマホ新法に基づく申告について、公取委はオンライン申告フォームを設置し、これを利用して申告ができるほか、電話・郵送等による申告を行うこともできます。もちろん、弁護士が代理して申告を行うことも可能です。

 

2 差止請求訴訟等の訴訟の提起

 スマホ新法第31条は、スマホ新法に違反する行為の差止請求権を認めています。また、スマホ新法に違反する行為により損害を受けた場合、指定事業者に対して損害賠償請求訴訟を提起することも考えられます[4]

 差止請求訴訟等の訴訟の提起をした場合、裁判所による何らかの判断を得られます(もっとも、指定事業者による違反の有無についての判断を得られるとは限りません。)。また、仮処分命令の申立てをすることで、より迅速に、暫定的な判断ではあるものの一定の解決に結びつく可能性があります。

もっとも、訴訟を提起すると、どの事業者が指定事業者の行為の違法性を主張しているかが指定事業者に知られるところとなってしまうため、この点を許容できない事業者にとっては取りづらい選択肢となります。

 また、スマホ新法第31条の差止請求訴訟の要件である「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるとき」と同様の要件で差止請求権について規定する独占禁止法に関しては、この要件が容易に認められず、これによって差止請求権の行使が低調であるとの指摘もあるところでした。スマホ新法においても同様の解釈がされることが想定されるため、指定事業者に違反があったとしても必ずしもこの要件を充足することにはならないと考えられます。

 

3 その他

 公取委は、「スマホソフトウェア競争促進法に関する情報募集」というウェブサイトを公開し、情報収集を行っています。申告までは行うことができないが、公取委に情報提供を行いたいという事業者は、これを活用することも考えられます。

以上が代表的な選択肢ですが、その他の選択肢も含めてどのような対応をするかは弁護士に相談することが有用と思われます。技術面が争点になる場合であれば、技術面の専門家に相談することが重要となることも考えられます。

 なお、本稿で説明したOS機能の利用妨害の禁止との関係では、指定事業者であるApple社は、「相互運用性に関するリクエスト」というウェブページを作成し、そこからOS機能の相互運用性に関するリクエストを同社に送信することが可能となっています。

 

最後に

 スマホ新法は、決済の自由化や本稿で説明をしたOS機能の解放など、事業者のビジネスに大きな影響を与え得る法律です。スマホに関係するビジネスを営んでいる事業者におかれては、スマホ新法の規律を十分に理解した上で、積極的にこれを活用することを検討されてはいかがでしょうか。

以上

 

 

 

 

[1] 筆者は、令和4年6月から内閣官房デジタル市場競争本部事務局で執務し、スマホ新法立案の基礎となった「モバイルエコシステムに関する競争評価」の取りまとめに従事し、その後、令和5年12月から公正取引委員会で執務し、当該競争評価を踏まえたスマホ新法の立案及び施行準備を担当しました。

[2] 言葉遣いだけの些末なことではありますが、このような規律の内容に鑑みると、「モバイルOSの機能の利用妨害の禁止」等というより、「スマホの機能の利用妨害の禁止」の方が実態に沿った表現のようにも思われます。

[3] スマホ新法の規律の対象に含まれないとしても、独占禁止法その他の法令上の問題となる可能性はあります。

[4] スマホ新法に違反する行為について公取委の排除措置命令が確定した場合には、同法第32条第1項に基づく損害賠償請求をすることができます(この場合、指定事業者の故意や過失の有無は問われません。)。排除措置命令が確定していない場合には、民法第709条に基づく損害賠償請求をすることが考えられます。

 


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