【I&S インサイト】ライセンシーにも共同交渉の機会を! 〜ECのALNGに対するインフォーマル・ガイダンス・レターについて〜
DATE 2025.11.25
執筆者:尾池 悠子
ライセンシーにも共同交渉の機会を!
〜ECのALNGに対するインフォーマル・ガイダンス・レターについて〜
はじめに
2025年7月、欧州委員会(EC)は、自動車セクターのライセンス交渉グループ(Automobile Licensing Negotiation Group。以下「ALNG」といいます。)に対して、ALNGによる標準必須特許(SEP)のライセンス交渉が、一定の条件化で競争法に違反しないとの考えを示す、インフォーマル・ガイダンス・レター(以下「本レター」といいます。)を提供したとのプレスリリースを行いました。また、同年9月には、本レターの内容が一般に公開されました。
標準必須特許(SEP)のライセンス交渉については、これまで、ライセンサー(以下「SEP保有者」といいます。)側については、個別交渉とライセンスプールを介した交渉の2つの選択肢が存在しており、ライセンスプールを介することで交渉を効率化することが可能となっていました。これに対して、ライセンシー側は、交渉のためのグループを構成するようなことは基本的になく、そのようなグループを介した交渉が競争法上問題とならないのかについても曖昧なままとされてきました。本レターは、直接には自動車セクターという特定の分野についてのものではありますが、今後ライセンシーが交渉グループを介した交渉という選択肢を検討するにあたり、その適法な枠組みを考える大きな手助けになると考えられます。
以下では、一般的な「インフォーマル・ガイダンス・レター」の性質、ALNGからのリクエストに提示された内容及びそれに対するECの評価をご紹介の上、本レターの意義を検討していきます。
ECによるインフォーマル・ガイダンス・レターとは
ECは2022年にNotice on informal guidanceを公表しており、事業者が、一定の問題がEU競争法(TFEU101条、102条[1])に反するかどうかについて、ECの見解を請求するための枠組みを明らかにしています。この制度のもとでは、
(a)novel or unresolved question:新規又は未解決の問題であるか
(b)interest in providing guidance:ガイダンス提供によりもたらされる価値
以上の二点を考慮して、レターを提供するかどうか決定するものとされています。
ECによるレターは、「インフォーマル・ガイダンス」という文言の通り、法的拘束力を有するようなものではなく、当然裁判所も拘束しません。また、一定の条件を前提とした見解にすぎず、後から見解が変更されるようなこともあり得ます。もっとも、レターにより示された条件に基づいて行動した場合には、仮に将来的に競争法上の問題があったとしても、原則としてECは罰金を課さないこととしていますので、事業者にとって非常に重要なリスク回避のメリットをもたらすものといえます。
本レターは、2022年にNotice on informal guidanceが公表されてから初めてのインフォーマル・ガイダンス・レターであり[2]、内容についてだけではなく、インフォーマル・ガイダンス・レターという制度の活用方法についても重要な指針を与えるものといえます。
ALNGによるリクエストに提示された内容
ALNGは、本レターをリクエストするにあたり、レターによる見解の前提を提供するために、ALNGの機能を説明しています。そのうち主な点を以下に整理します。
- ALNGはドイツ自動車工業界の完全子会社であるドイツ有限責任会社として設立され、会員資格は自動車メーカー、部品メーカー等の自動車業界の事業者に開放される[3]。
- ALNGメンバーは、特定のSEP交渉に向けた交渉グループを作ることができ、各メンバーは、後からこのグループに参加することもできる。
- 実際の交渉は、交渉グループのメンバーから独立した交渉チームが、交渉チームを代理して行う。交渉チームは、FRAND条件[4]で合意できるよう交渉を行うが、全メンバーの希望する条件と完全に一致する必要はなく、各メンバーは、交渉の結果を受け入れる義務を負わない。
- 交渉は、SEP保有者と交渉チーム間の交渉(「フェーズ1」)及び特別なケースにおける二者間交渉(「フェーズ2」)(例:相互ライセンス)の二段階で行われる。
- 事前に交渉期間を合意するが、原則として、フェーズ1の交渉を6か月以内に、またその後のフェーズ2の二国間交渉を3か月以内に終結させるよう努める。
- 交渉グループに参加しているメンバーは、フェーズ1が終了するまでは交渉チームを介してしかSEP保有者と交渉することができないが、この期間を除いては、SEP保有者と個別にライセンス交渉をすることができる。
- SEP保有者は、交渉チームと交渉を行うかどうかを選択できる。交渉チームと交渉を行う場合には、交渉中であり、交渉期間が守られている間、交渉グループのメンバーと個別に交渉したり、交渉グループのメンバーに訴訟を起こしたりすることはできない。SEP保有者が交渉チームとの交渉を終了することはいつでも可能である。
- ALNGは、競争法上問題があるような情報を交換しないようにセーフガードを設ける。具体的には、①交渉グループの各メンバーの交渉における目標は交渉チームとの二者間で共有され、交渉のステータスについての一般的な情報のみ交渉グループ全体で共有される。②ALNGメンバー間の情報共有は交渉チームを通じた交渉に必要な情報に限定され、さらに交渉グループのメンバー間の情報交換を回避する仕組みを設ける。③いわゆるセンシティブ情報は共有せず、もし交渉チームが特定のメンバーと交渉について詳細な議論をしたいのであれば二者間のみで行う。
ECによる評価
ECは、ライセンス交渉グループに関する具体的なガイドラインや判断基準が存在しない一方で、共同購入契約の場合と特徴が類似することから、水平ガイドライン第4章の共同購入契約に関する考え方に基づいて検討の上、ALNGによる交渉が自動車セクターに特有ではない技術のSEPライセンスに関する限り、TFEU101条に基づく懸念を生じないと評価しました。その理由は、目的による競争制限と効果による競争制限のそれぞれの視点から、以下のように説明されています。
⑴ 目的による競争制限(restriction of competition by object)
水平ガイドラインの第278段落[5]によれば、共同購買の取り決めが真に共同購買を目的とする場合、通常は目的による競争制限には該当しません。ここでは共同購買の取り決めにおいては、売り手にとって交渉者が買い手を代表して交渉していることが明示されるのに対して、買い手カルテルにおいては共同交渉を行わずに市場での行動を調整することを根拠に、両者を区別しています。
ALNGの枠組みにおいては、主たる目的はランセンス契約締結に向けた共同交渉にあるとされており、SEP保有者にとって、交渉条件は明示されていることから、共同購買の取り決めと同じように目的によって競争の制限を生じるものではないと述べられています。
⑵ 効果による競争制限(restriction of competition by effect)
水平ガイドラインの291段落[6]によれば、共同購買の取り決めの参加者による購買市場のシェアが15%以下であれば、当該市場における市場支配力があるとは考えにくく、関連する販売市場においても同様の考え方が妥当するとされています。また、シェアが15%を超える場合には直ちに競争制限効果があるとされるわけではなく、この場合には取り決めが市場に及ぼす影響を具体的に評価する必要があるとされています。本レターにおいては、この考え方を前提に、上流のSEPライセンス市場(ALNGが直接交渉する対象)と、下流の自動車及びその部品の販売市場に分けて競争制限効果を検討しています。
ア SEPライセンス市場
対象とするSEPが自動車セクターに特有の技術ではない場合には、様々な用途が考えられるために、当該SEPのライセンス市場において、ALNGのメンバーによる市場シェアが15%を超える可能性は低いために、競争制限効果が見込まれないとされています。これに対して、対象とするSEPが自動車セクターに特有の技術である場合については、当該SEPのライセンス市場においてALNGのメンバーによる市場シェアが15%であることの根拠がALNGから示されていないために、本レターにおいては見解が示されていません。
イ 自動車及びその部品の販売市場
自動車及びその部品の販売市場においては、ALNGのメンバーによる市場シェアが15%を上回る可能性が存在するために、上記の基準により競争制限効果を否定することはできず、実際のメンバー間の取り決め内容等を評価することになります。そして、本レターにおいては、最終製品である自動車の販売価格に対してSEPライセンス価格の占める割合が小さいことや、ALNGのメンバー間での情報交換が必要なものに限定されていることを理由に、ALNGが自動車及びその部品の販売市場において競争制限効果を生じるとは見込まれないと結論づけました。
検討
⑴ レターに示された考え方
本レターは、ライセンシー側の共同交渉については、共同購買に関するガイドラインの規定を準用するとしました。そして、目的による競争制限効果は認めず、効果から競争制限効果について、①影響を受けうる市場におけるシェアが15%を超えているかどうかを検討し、②超えている場合には個別に競争制限効果の有無を検討し、具体的には最終製品に対するSEPライセンス価格の占める割合や、競合者同士での情報交換の程度を考慮する、という考え方を示しました。
共同購買とSEPライセンスの共同交渉は、競合者同士が、事業者の製品・サービスの一部のために、共通して必要とするものを得るための交渉であり、通常事業の効率化が目的とされる点で類似しますので、目的からして違法の疑いが強い買い手カルテルのように扱わず、共同購買と同様の枠組みで検討を行うことは合理的といえます。SEPライセンスの場合、他に供給源がないために交渉を避けようがないことや、ライセンス料の交渉に費用や労力がかかるという性質からして、共同購買一般の場合よりも交渉を効率化するという目的に向けた要請はより強いともいえます。
効果による競争制限効果の検討にあたり、まずは市場シェアを考慮するのは、市場シェアが一定以下の場合においては、仮にメンバー同士が合意をするようなことがあったとしても、市場の競争に与える影響は限定的であるためと考えられます。また、最終製品に対するSEPライセンス価格の占める割合が考慮されるのは、この割合が小さい場合には、仮にメンバー同士がSEPライセンス価格等の条件について合意をするようなことがあったとしても、最終製品である自動車及びその部品の価格等に対する影響はわずかであり、したがってメンバー同士が競合している市場の競争に与える影響もわずかであるためと考えられます。そして、競合者同士での情報交換の程度が考慮されるのは、競争における機微な情報(価格情報、生産情報、コスト情報、技術情報、顧客情報等)の交換が制限されていれば、競争に影響を与えるような合意が形成され難いためであると理解できます。
⑵ 日本の独占禁止法上の考え方
日本においては、SEPライセンスのライセンシー側の共同交渉の事例は見当たりませんが、競合社同士の共同購入については、多くの相談事例等が存在します。
例えば同じ自動車セクターにおいて、自動車のa部品メーカー5社が共同出資会社を通じて原材料を共同で購入しようとしたという相談事例においては、公取委は、「一般に、[1]製品の供給分野における参加者のシェアが高く、かつ、その供給に要するコストに占める共同購入の対象となる原材料の購入額の割合が高い場合には製品の供給分野において、また,[2]共同購入の対象となる原材料の需要全体に占める共同購入参加者のシェアが高い場合には当該原材料の購入分野において、独占禁止法上問題が生じる。」という考え方を示した上で、「[1]共同購入に参加する5社のa部品市場におけるシェアは約50%であるが、a部品の製造コストに占める共同購入を予定している各原材料の購入予定額の割合は1%以下であること、[2]同購入の対象となる原材料の需要全体に占める5社のシェアは1%以下となっていることから、競争に与える影響は小さく、独占禁止法上問題ない」との結論を導きました。
また、競合する素材メーカー3社が、素材Aの原料αを海外の特定地域から共同調達しようとしたという別の相談事例においては、公取委は、「近年、我が国の近隣地域において素材Aの需要が急増した結果、原料αの調達における我が国の素材メーカーの交渉力が低下しており、3社は、素材Aの原料αを安定的又は効率的に調達することが難しくなってきている。」ために3社が交渉力を強化しようとしたという共同調達に至る背景事情を認定した上で、「(2)本件共同調達は,3社がS地域で生産される素材Aの原料αを共同で調達するものであるところ、①我が国の素材Aの製造販売市場における3社の合算市場シェアが約75パーセントと高く、原価率も約85パーセントと高いものの,3社の調達量全体に占める本件共同調達の割合が約5パーセントと低いこと②3社は,素材Aの販売価格や販売数量について情報共有を行わず,個別に決定することから、我が国の素材Aの製造販売市場における競争を実質的に制限するものではなく、独占禁止法上問題となるものではない」との結論を導きました。
一つ目の相談事案においては、a部品市場については、相談者らのシェアが一定以上存在するために、これだけを理由に競争制限該当性を否定はできないものの、a部品のコストにおける当該原材料の購入額の占める割合が低いことから問題とされず、原材料購入市場については、そもそも相談者らのシェアが非常に低いために問題とされなかったということになります。これに対して、二つ目の相談事案では、素材Aの市場において相談者らのシェアが高く、素材Aのコストにおける原料αの割合も高いものの、原料αの調達全体における共同購入の割合が低いことや、素材Aの販売に関する情報交換が制限されていることを理由に問題とされませんでした。また、原料αの購入市場については、明言されていませんが、3社の交渉力が低下していたという事情に照らし、決してシェアが高くなかったものと推測されます。
これらの相談事例において採用している考え方は、影響を受けうる市場におけるシェア、最終製品に対する共同購入品の価格の占める割合及び最終製品に関する情報交換の程度を問題とする点で、本レターにおける考え方と非常に近いことがわかります。これに対して、二つ目の相談事例においては、原料αの調達全体における共同購入の割合が低いことが考慮されていますが、SEPライセンスに関しては他の調達先があり得ないことから、この点についてはライセンシーによるSEPライセンス交渉において同様の考慮がされる場面は考えにくいものです。
上記に述べたような共同購入とライセンシーによる共同ライセンス交渉との類似性と照らせば、日本においてライセンシーによる共同ライセンス交渉について独占禁止法上の問題点を検討する場合には、上記相談事例に示されたような考え方を参考にしつつ、SEPライセンスの代替性がないという性質については別途の考慮を要する場合があると考えられます[7]。
本レターの意義
本レターは、これまで競争法上の評価が不明確であった、ライセンシー側が共同してSEPライセンス交渉を行うという行為について、一定の法的確実性を与え、事業者らがEU域内において安心してこのような交渉を行うことを可能としました。ライセンス交渉は通常多くの時間、労力、費用を伴うものであるために、期間の定めを設けた共同交渉という枠組みがライセンシー側に与える効率化のメリットはとても大きなものであると考えられます。また、FRAND宣言がされいるといっても、実際に何がFair(公正)、Reasonable(合理的)、Non-Discriminatory(非差別的)な条件であるかは、他のライセンス条件を知らないライセンシー側にとって不透明なことも多くあります。交渉グループによる交渉の結果は、交渉グループ内においては公正さや非差別的であることが一定程度担保されており、納得感の得やすいライセンス条件の導き方ともいえるのではないでしょうか。
また、5において検討したような本レターの考え方は、自動車セクター以外の多くの分野にも適用可能であると考えられ、今後様々な分野において、このような共同ライセンス交渉が活発になることが予想されます。日本においても、本レターの考え方が十分に参考になることは上記に述べたとおりです。
効率的にSEPライセンスを受けたいと考える方は、ぜひ専門家にご相談の上、共同交渉の枠組みもご検討いただけばと思います。
以上
[1] Treaty of the Functioning of the European Unionの101条、102条はEU競争法の中心的な規定であり、101条が主にカルテル等の競争制限的協定・行為を禁止しているのに対し、102条は支配的地位の濫用を禁止しています。
[2] ECは本レターと同日に、港湾ターミナル事業者によるサステナビリティを目的とした取組みに対しても、インフォーマル・ガイダンス・レターを出しています。
[3] 設立時のメンバーは、Bayerische Motoren Werke Group AG (BMW), Mercedes Benz Group AG (メルセデス), thyssenkrupp AG and Volkswagen AG (フォルクスワーゲン)です。
[4] FRAND条件とは、「Fair(公正)、Reasonable(合理的)、Non-Discriminatory(非差別的)」の略で、SEPのライセンス提供に関する基本原則です。通常、標準化団体は、SEP保有者に、FRAND条件によるライセンス供与を宣言するように求めます。
[5] 278 Joint purchasing arrangements generally do not amount to a restriction of competition by object if they genuinely concern joint purchasing, namely where two or more purchasers jointly negotiate and conclude an agreement with a given supplier relating to one or more trading terms governing the supply of products to the cooperating purchasers.
[6] 291 There is no absolute threshold above which it can be presumed that the members of a joint purchasing arrangement have market power such that the joint purchasing arrangement is likely to give rise to restrictive effects on competition within the meaning of Article 101(1). However, in most cases it is unlikely that market power exists if the members of the joint purchasing arrangement have a combined market share not exceeding 15 % on the relevant purchasing market(s) as well as a combined market share not exceeding 15 % on the relevant selling market(s). In any event, if the members' combined market shares do not exceed 15 % on both the purchasing and the selling markets, it is likely that the conditions of Article 101(3) are fulfilled, unless the arrangement involves a by object restriction of competition.
[7] なお、ライセンサー側による標準規格化については、公正取引委員会が「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」において考え方を示しています。ここで標準規格化にあたり独占禁止法上問題となり得るとされている例をみると、単に価格カルテル等が懸念されているというだけではなく、互いに新たな技術の開発を阻止したり、特定の事業者が標準化活動から排除されることで市場からも排除されたりという、ライセンサーの標準化活動に特有の事態も懸念されていることがわかります。
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