【I&S インサイト】メーカーによる小売価格の指示と独占禁止法上の留意点

執筆者:細川日色

目次

第1 はじめに

第2 再販売価格拘束の禁止とその例外

第3 指定価格制を行う上での留意点

 

第1 はじめに

近時、家電メーカーが量販店等を運営する小売業者に対して自社商品の小売価格を指示する指定価格制を取ったことが話題となっています。 事業者が取引先における販売価格を指示することは、再販売価格の拘束(独占禁止法2条9項4号)に当たる可能性があるところ、メーカーはどのような場合に小売価格の指示を行い得るのか、またかかる指示を行う場合にどのような点に留意すべきかについて検討します。

 

第2 再販売価格拘束の禁止とその例外

1 再販売価格拘束の禁止

メーカー等が、「自己の供給する商品を購入する相手方」である流通業者等の取引先に対し、当該取引先による当該商品の販売価格を定めるなど「当該商品の販売価格の自由な決定を拘束する」ことは、再販売価格の拘束(独占禁止法2条9項4号イ)に該当します。

このような再販売価格の拘束は、「流通業者間の価格競争を減少・消滅させることになることから、通常、競争阻害効果が大きく、原則として公正な競争を阻害するおそれのある行為であ」り1、原則として違法となると考えられています。

 

2 例外(委託販売等)

(1)流通取引慣行ガイドラインの記載

以上の原則に対し、流通取引慣行ガイドラインでは、「事業者の直接の取引先事業者が単なる取次ぎとして機能しており、実質的にみて当該事業者が販売していると認められる場合」であれば、メーカー等の事業者が直接の取引先に対して価格を指示しても違法とはならないとの考え方が示されています。

ガイドラインでは、直接の取引先事業者が「単なる取次ぎ」に該当する場合として、次の2つの例が挙げられています23

 ① 委託販売の場合であって、受託者は、受託商品の保管、代金回収等についての善良な管理者としての注意義務の範囲を超えて商品が滅失・毀損した場合や商品が売れ残った場合の危険負担を負うことはないなど、当該取引が委託者の危険負担と計算において行われている場合

 ② メーカーと小売業者(又はユーザー)との間で直接価格について交渉し、納入価格が決定される取引において、卸売業者に対し、その価格で当該小売業者(又はユーザー)に納入するよう指示する場合であって、当該卸売業者が物流及び代金回収の責任を負い、その履行に対する手数料分を受け取ることとなっている場合など、実質的にみて当該メーカーが販売していると認められる場合

 

①は、いわゆる委託販売(商品が受託者に引き渡されても所有権は委託者に留保され、したがって受託者に代金支払義務がなく、商品が第三者に販売された時点で販売代金を委託者に引き渡す義務が受託者に発生するもの4 )であって、商品の売れ残りリスク、商品の滅失・毀損等に関する在庫保管リスク、代金回収リスクに照らして、「取引が委託者の危険負担と計算において行われている」と言える場合です。

メーカーにおいては、かかる委託販売の形式で小売業者との取引を行うことで、小売価格の指示を適法に行う余地があると言えます。しかしながら、委託販売の場合、商品販売による小売業者の売上げは販売手数料のみとなることが一般的であり、商品販売代金が全て小売業者の売上げとなる通常の買取販売の場合と比べて売上高が大きく目減りする可能性があること5や、メーカーと小売業者との間の既存の仕入取引が商品売買に関する基本契約に基づく買取仕入で行われている場合、新たに委託販売のための基本契約を締結した上で代金支払等についても異なるオペレーションが求められ得ること等から、その導入について小売業者側が難色を示す可能性が考えられます。

 

(2)近時の相談事例(返品権付売買契約)

以上(1)の例外のほか、公正取引委員会が公表する相談事例では、次のような取引形態も、小売業者が「単なる取次ぎ」に過ぎず実質的にはメーカーが販売していると認められるとして、メーカーによる価格指定が独禁法上問題とならないとされています6

 

① 平成28年度・事例1「メーカーによる小売業者への販売価格の指示」7

本件は、家電メーカーが商品売れ残りのリスク等を自ら負うことを前提として、小売業者に対して家電製品の販売価格を指示することについて、独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例です。

本件の取引内容は以下<概要図>のとおりですが、特徴として、委託販売の形を取りつつ、小売業者の店舗への商品の納入・補充はメーカーと小売業者との間の売買契約に基づいて行うこととされ、これにより小売業者が通常の買取仕入の下で販売する場合と同様に、商品販売代金を自らの売上げとすることが可能となっている点が挙げられます。

このように小売業者が商品を買い取って販売する場合、小売業者が商品の所有権を取得する以上、販売価格についても、小売業者による自主的な決定が担保される必要があり、メーカーによる価格指定は否定されるべきようにも思われます。この点、本相談事例では、次の(ア)ないし(ウ)のとおり、メーカー・小売業者間の契約で小売業者の判断による返品を可能とする等により、所有権者として通常負うこととなるリスクは実質的にメーカーが負っているといえることに照らして、小売業者は「単なる取次ぎ」と認められています。

 

(ア)商品売れ残りリスク

小売業者は、納入代金の支払日以降、納入代金に相当する金額でいつでも返品可能とする

(イ)在庫管理リスク

小売業者の責めに帰すべき事由によるものを除いてメーカーが負担し、小売業者は、善良な管理者としての注意義務の範囲内でのみ責任を負う

(ウ)代金回収リスク

小売業者が負うものの、消費者販売における代金回収方法(現金、クレジットカード決済等)に照らして実質的なリスク負担とは言えない

  

H28年度・事例1の取引概要図>8

 

② 令和元年度・事例5「家電メーカーによる小売業者への販売価格の指示」9

本件も、前記①と同様、家電メーカーが、商品売れ残りのリスク等を自ら負うことを前提として、小売業者に対して特定の家電製品の販売価格を指示することについて、独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例です。

相談の背景や、商品納入後に小売業者の判断による返品が可能であるなど小売業者が所有権者としてのリスクを負わない点は平成28年度・事例1と基本的に共通しているものの、本相談事例においては、メーカーと小売業者で委託販売契約の締結は行わず、商品売買等に関する基本契約に基づき小売業者が商品を買い取って販売するという既存の仕入・販売取引を前提としつつ、所有権者としてのリスク負担を覚書締結によって調整している点が、特徴として挙げられます10

 

R1年度・事例5の取引概要図>11

③ 前記①②の相談事例の意義

以上の各相談事例については、流通取引慣行ガイドラインが例示する委託販売等の場合の他にも、メーカーと小売業者との間の契約・覚書等によって小売業者による自由な返品を認める等、小売業者が所有権者として負うこととなる各種リスクを実質的に負わないものと整理できれば、小売業者は「単なる取次ぎ」に過ぎず実質的にはメーカーが販売していると認められ、メーカーが適法に小売価格の指示を行い得ることが明確となった点に実務上の意義があるものと考えられます。

 

第3 指定価格制を行う上での留意点

最後に、メーカーが前記第2で検討した整理を踏まえ小売価格の指示を行う上で留意すべきと思われる点について検討します。

 

1 契約・覚書等でメーカーによるリスク負担の外形さえ整えればよいのか

前記のとおり、(典型的な委託販売とは異なり)小売業者による買取仕入を前提とする場合、メーカーが価格指定を行うには、小売業者が商品の売れ残りリスク等の商品の所有権者としてのリスクを実質的に負担しないことが必要となります。

この点、前記平成28年度・事例1の判断の前提としては、メーカーが小売業者との当該契約に伴って想定されるリスクを全て負うだけの実行能力が十分にあるとの判断があったとされていることを踏まえると12、メーカーが前記相談事例を踏まえた指定価格制を導入するに際しては、単に契約・覚書等で自社がリスクを負担するとアレンジするだけではなく、その前段階として想定されるリスクに関する分析・検討が不可欠であると思われます。

 

2 小売業者の自らの計算による値引きまで制限できるのか

メーカーが小売業者に対し小売価格の指示を行う場合、小売業者が自らの計算で行う値引きについても制限・禁止することはできるのでしょうか。

流通取引慣行ガイドラインにおいて委託販売等の具体例としても挙げられている平成16年度・事例3「音楽配信サービスにおけるコンテンツプロバイダーによる価格の指定」13では、インターネットを用いた音楽配信事業において、コンテンツプロバイダーが、ポータルサイトを提供するプラットフォーム事業者との間でコンテンツプロバイダーが指示する価格で音楽配信することを定めた委託販売契約を締結することは直ちに独占禁止法上問題となるものではないと回答する一方で、プラットフォーム事業者が、利用者に対して、自らの計算において配信料金の一定割合をキャッシュバックし、実質的に配信価格を引き下げるサービスなどを提供することまでをコンテンツプロバイダーが禁止することは、プラットフォーム事業者間の競争を不当に阻害し、独占禁止法上問題となるおそれがあるとの考え方を示しています。

この点、同事例が取り上げているインターネットを通じてサービス提供等を行うプラットフォーム取引については、ユーザーたる消費者は取引先のプラットフォームそれ自体を選択して商品役務を購入する側面が強く、(通常の販売店等の流通業者との取引と比べて)プラットフォーム事業者間の競争が顕著に存在していると考えられます。前記考え方は、「プラットフォーム事業者間の競争を不当に阻害し、独占禁止法上問題となるおそれがある」といった文言からも、こうしたプラットフォーム事業者間の競争を念頭に置いた上で(取引対象の商品役務に係る価格制限行為を問題とするというよりも)プラットフォーム事業者が利用者の誘引のために行っているポイントプログラム等のサービス提供等を制限・禁止までする行為を問題視したにとどまるものとも解されます14

実際上も、「単なる取次ぎ」に過ぎない小売業者等による自らの計算による値引きを制限・禁止できない場合、所有権者としてのリスクを負っていて実質的にみて販売主体と認められるはずのメーカーによる自由な販売価格決定が制約を受けることとなり疑問があること15にも照らすと、少なくともメーカーによる量販店等の小売業者に対する小売価格の指示については、前記考え方は当てはまらず、メーカーが小売業者による自らの計算による値引きを制限することは可能と解すべきように思われます。

    以上

     


     

    1. 公正取引委員会事務局・平成3年7月11日(改正:平成29年6月16日)「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(以下、「流通取引慣行ガイドライン」)第1部第1、2(1)
    2. 以上、流通取引慣行ガイドライン第1部第1、2(7)
    3. ②は、メーカーと小売業者(又はユーザー)が直接取引を行っていると言える場合であるところ、現在の量販店等の小売店における販売実態に照らして、メーカーが個々のユーザー(最終消費者)と価格交渉等を行うことは現実的に考えづらいため、本稿での検討は割愛します。
    4. 佐久間正哉編著「流通・取引慣行ガイドライン」(商事法務、2018年)・96頁
    5. 平成28年度・事例1の2(2)参照
    6. 冒頭で紹介した家電メーカーによる指定価格制も、報道内容等からは、以下の考え方に基づいて行われていると考えられます。
    7. https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/h29/h28nendomokuji/h28nendo01.html
    8. 脚注7の公取委ウェブサイトより引用
    9. https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/r2/r1nendomokuji/r1nendo05.html
    10. その他、平成28年度・事例1と比べると、メーカーが返品費用も負担する点、商品受領時の検査義務及び商品に瑕疵を発見した場合の売主への通知義務が小売業者によって履行されたか否かにかかわらず、小売業者に納入した家電製品Aについて瑕疵担保責任を負う点、販売価格の指定は対象製品の旧モデルについては行わず、通常の商品と同様の取引条件の下で値引き販売も可能となる点が異なるものの、これらの事実関係の位置づけ・評価については議論の余地があるように思われます。
    11. 脚注の公取委ウェブサイトより引用
    12. 前掲佐久間・102頁以下、公正取引802号・43頁[山岡誠朗=古川博一]
    13. https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/h17/h16nendomokuji/h16nendo03.html
    14. 前掲佐久間・99頁も、平成16年度・事例3の考え方を紹介した上で、「A社とB社が本件委託販売契約により、B社自らの計算による配信サービスの改善自体が妨げられるべきではないと考えられる」としています。
    15. なお、取引先事業者が自らの判断で値引きして販売することが独占禁止法上問題となるおそれがあるとの考え方は、平成16年度・事例1、平成17年度・事例16に示されているところ、平成21年度以降の相談事例で同様の考え方は示されていないとの指摘がなされています(白石忠志「独占禁止法(第3版)」(有斐閣、2016年)・389頁以下[脚注162])。

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