【I&S インサイト】消費者庁の措置命令は無償取引に踏み込んだのか

執筆者:土生川 千陽

 

 

はじめに

 

令和4年4月27日、消費者庁は、株式会社DYMに措置命令をしたことを公表しました(以下、当該事案を「本件」といいます。)1

本件は、株式会社DYM(以下「DYM」といいます。)が、一般消費者に就職支援サービスを提供するにあたって、「就職率96%」「正社員」等の表示をしていたところ、実際には96%はDYMが任意の方法で算定した特定の一時点における最も高い数値であり、また、DYMが紹介する就職案件には派遣業務への従事も含まれている等、「就職率96%」「正社員」等は不当表示(優良誤認)であり、景品表示法違反が認められたという事件です。

 

以下は、本件の関係を図にしたものです。本件には、いわゆるアフィリエイト表示も対象にしている等の興味深い点がいくつかあるのですが、本稿では「取引」について考察します。ここで注目すべきは、不当表示が行われたサービスであるDYMの就職支援サービスが、無償で一般消費者に提供されていることです。

 

 

景品表示法で禁止される表示は「自己の供給する商品又は役務の取引について」の不当表示ですが(景品表示法5条)、これは、従来、有償の取引をいうと解されてきました。

 

そこで、本件はこの従来の解釈を変更したものなのか、本件はどのように位置づけられるかについて、以下検討します。

なお、措置命令書を見ると、事実の適示として「DYMは、本件役務を自ら一般消費者に提供している。」(本件措置命令書22))とした上で、「DYMは、自己の供給する本件役務の取引に関し、」(本件措置命令書3)と法令を適用していますが、これは他の事件と変わりない書きぶりであり、消費者庁がどのように位置づけて法令を適用したのかについては、措置命令書からは伺い知ることができません。

 

 

「自己の供給する商品又は役務の取引」

 

景品表示法は、一般消費者の商品選択を歪めるような、不当表示や不当な景品を禁止する法律です。条文上、景品及び表示のいずれについても、「自己の供給する商品又は役務の取引について」という文言があります(下線は筆者による。)。

 

(定義)

第二条 この法律で「事業者」とは、(以下略)

2 この法律で「事業者団体」とは、(以下略)

3 この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。

4 この法律で「表示」とは、顧客を誘引するための手段として、事業者が自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について行う広告その他の表示であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。

 

(不当な表示の禁止)

第五条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。

一 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの

二 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの

三 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの

 

2.1 典型例

「自己の供給する商品又は役務の取引」に該当する典型的な取引としては、商品の売買や、有償のサービス提供とされています。

商品の売買の場合、一般消費者が直接金銭を支払うのは小売事業者であることが多く、その意味ではメーカーは直接一般消費者から金銭を受け取ることはありませんが、そのような間接的な場合でも「取引」に該当します。したがって、例えばメーカーが商品パッケージに不当表示をした場合、「自己の供給する商品…の取引について」、「表示し」たこととなります。

 

2.2 全体を判断しての「取引」

次に、「取引」の解釈として、以下のような場合を考えます。

 

 

この例では、代理店から消費者に対する金融商品購入のアドバイス自体は無償で行われています。この例は、「景品表示法2」で解説されている例ですが、消費者が金融商品を購入した場合、消費者が支払った金融商品の代金の一部が手数料として代理店に支払われるような事情があれば、金融商品購入のアドバイス料等の名目で金銭等を支払うことがなかったとしても、消費者、代理店事業者、金融商品販売事業者の三者の関係を総合的にみて判断した結果、一般消費者と代理店事業者との間に、金融商品購入アドバイスという役務の「取引」が存在するといって差し支えないと考えられるとされています3

 

ここでは、無償の金融商品アドバイスそのものが取引に該当するという解釈をとっていません。「アドバイス料等の名目で金銭等を支払うことがなかったとしても」というような記載があることから、「取引」は有償取引が念頭に置かれていることは明らかです。

そして、一見無償の役務提供に見える場合でも全体を総合的に判断し、当該役務提供が無償ではないと言える場合には、「取引」に該当すると考えられると示されています。

 

では、本件がそのような場合に該当するでしょうか。

本件では、消費者が一見無償のサービスの提供を受けていることは同じですが、その後、サービスの結果、契約消費者が金銭を支払うことはなく、したがって、消費者の出捐の一部がDYMに支払われているとの評価もできません。

なお、消費者が受け取る金銭から引かれている、つまり、実質は消費者が手数料を支払っているが相殺処理されている、と考えることもできません。なぜならば、消費者が受け取る金銭は労働の対価として支払われる賃金であるところ、賃金には全額払いの原則があり、相殺できる(控除・天引きできる)ものは労働者保護の観点から限定されているからです。就職支援サービスの対価は相殺が許される性質のものではなく、賃金から消費者が一定の金額を出捐していると考える余地はありません。

本件は、上記の代理店の事例と同じく考えることはできないと考えられます。

 

景品類等の指定の告示の運用基準

 

ところで、上記の条文抜粋で示したとおり、景品類にも「自己の供給する商品又は役務の取引」に付随するという要件があります。景品表示法は、「商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止する」ことを目的としていること(景品表示法1条)からも、「商品及び役務の取引」の要件についても、景品と表示で共通に解釈できると考えます。

そうしたところ、景品類については、指定告示の運用基準の中で、「自己の供給する商品又は役務の取引」について解釈が示されています。

 

3.1 景品類等の指定の告示の運用基準について

 

3 「自己の供給する商品又は役務の取引」について

 (1) 「自己の供給する商品又は役務の取引」には、自己が製造し、又は販売する商品についての、最終需要者に至るまでのすべての流通段階における取引が含まれる。

 (2) 販売のほか、賃貸、交換等も、「取引」に含まれる。

 (3) 銀行と預金者との関係、クレジット会社とカードを利用する消費者との関係等も、「取引」に含まれる。

 (4) 自己が商品等の供給を受ける取引(例えば、古本の買入れ)は、「取引」に含まれない。

 (5) 略

 

1)については先述のとおりです。

2)には、有償契約が挙げられていますが、金銭そのものの出捐を伴わず、金銭以外の財産権を互いに移転する典型契約である交換(民法586条)も取引に含まれるとされています。よって、交換が「取引」に含まれる以上、少なくとも、金銭の出捐は「取引」の決定的要素ではないといえそうです。

(3)では、「取引」に含まれる具体的な例が示されています。銀行と預金者の関係は、典型契約としては消費寄託ですので、消費寄託も含まれるという趣旨の記載ととれます。また、クレジット会社とクレジットカードを利用する消費者との関係も「取引」に該当するとされています。

 (4)は、「取引」に含まれない場合です。事業者が消費者から商品等の供給を受ける取引である古本の売買は「取引」に含まれないとされています。同様に、労働者から労務の提供を受ける取引である労働も取引に含まれないと解釈されます。

 

3.2 交換

 

上記の運用基準のうち、まず、金銭以外のものの出捐について検討します。

本件で就職支援サービスに対して金銭を支払っていないとしても、金銭以外に何か対価性のあるものを拠出した有償取引であると考えることはできないでしょうか。

 

 

ここで、一般消費者がDYMから就職支援サービスを受ける際には、個人情報等を登録する必要があるとのことですが、この登録した個人情報等の情報を対価として拠出したと考えることは可能でしょうか。

求職者の情報を多く持つことは、就職支援サービス会社に利益をもたらしますので、価値はあると考えられます。また、例えば匿名処理したデータをビッグデータとして活用できれば、現在進められているデータの利活用に沿う有用性も考えられます。

しかし、以前に、就職支援サービス提供会社が、内定辞退率等の情報を企業に提供したことが問題となった事件がありました。同意なく個人情報を企業に提供した点が問題となりましたが、その際、寡占的な就職支援サービスについて、登録しないと就職活動が事実上できない実態があるのに、同意を認めてよいか等の指摘もされていました。職業紹介事業者と労働者という関係における労働者保護の観点からも、登録した個人情報の利用には謙抑的であるべきという論調で事件が報じられていたことは記憶に新しいところです。このように、登録した個人情報を就職支援サービス会社が活用することが難しいのであれば、情報を対価として拠出したと考えることも難しいかもしれません。

また、個人情報を登録すること自体を対価ととらえることも難しいと考えられます。就職支援というサービスの性質上、個人情報を登録することは就職支援サービスの役務の前提であり役務内容であって、反対給付のようにとらえることは適切でない可能性があります。

何より、個人情報を対価性あるものとして拠出するということについて、いまだ一般消費者の認識が形成されていないというべきではないでしょうか。このような段階で個人情報を対価として拠出したと構成するのは技巧的に過ぎるとも考えられます。

以上のように、特に個人情報の問題や職業紹介という労働者保護の観点、個人情報を拠出することについての意識等も考えると、個人情報を拠出したとの構成にも問題点が残ります。

 

3.3 クレジットカード取引

 

次に、(3)で挙げられたクレジットカード取引を検討します。

クレジットカードに年会費・手数料等が無料のカードがあることはよく知られています。クレジットカード会社が決済サービス等を無償で提供していると考えた場合、このクレジットカードを「取引」に含むとした規定は、無償取引についての何らかの解釈を示すものと考えられるでしょうか。

取引全体について下記の図を考えてみます。実際には、消費者は小売事業者に直接代金を支払うわけではないのですが、商品と代金が紐付いている関係をわかりやすくし、クレジットカード付与が無償で行われた場合であることを明確にするために、代金は消費者から直接小売事業者に支払われる矢印としています。

 

 

そうすると、全体としてみた場合、前述の金融商品販売店の場合と同様に、消費者は、商品等の対価としての代金の一部を、クレジットカード会社に支払っているとみることも可能となります。

結局、告示の運用基準で示された例も、金融商品販売代理店の場合と同様の例であり、無償取引を含むことを示していると読むことはできそうにありません。

 

無償の取引

 

上記のとおり、告示の運用基準や消費者庁の書籍の記載をみても、無償取引を含むと解するような手掛かりはありません。

無償取引も「取引」に含む解釈が可能ではないかとの議論はされていましたが4、その際にも、消費者庁の解釈・実務は有償取引に限定しているというのが従来の考え方でした。

では、消費者庁は、これまでの解釈を変更・拡大し、無償の取引も含むとの解釈に踏み込んだのでしょうか。

 

.1 無償取引を含むとの解釈が可能か

 

まず、そもそも、有償取引を意味すると解されてきた「自己の供給する商品又は役務の取引」が、無償取引をも含むと解釈することができるかを検討します。

法律上の文言は上に引用したとおりであり、文言上は有償取引であると記載されているものではありません。有償性が文言上の絶対的な要請であると解されるとはいえません。

なお、一般に「取引」という用語が有償取引を示すともいえません。例えば、民法192条(即時取得)の「取引5」は、無償契約である贈与も含むとされています。

このように考えれば、景品表示法の「取引」も無償取引を含むと解する余地もあるように考えられます6

 

「取引」に無償取引も含むと考えた場合、本件では、DYMが一般消費者に無償で提供する就職情報サービスが「取引」に該当しますので、事業者が一般消費者に提供する~に問題なく該当することになります。

 

4.2 無償取引を含む場合の対象の広がり

 

次に、無償取引を含むと解釈した場合の対象の広がりについて考えてみます。

例えば、無償で提供されているサービスである、インターネット検索エンジンサービス、無料のネットニュース、テレビ番組等についての表示も景品表示法の対象となる可能性があります。また、従来、「自己の供給する商品」についての表示でないとして景品表示法の対象でないとされてきた、インターネットプラットフォームや広告サービス等に対しても、景品表示法上の目配りを要することになる可能性もあります。例えば、「新商品の広告を集めたページ」「口コミ掲載の多いインターネットモール」として提供した場合に、「新商品の広告」であること「口コミ掲載が多い」ことは景品表示法の対象となる可能性があると考えられます。

上記のような広がりがあることを考えると、本件で、消費者庁は無償の取引を認めるに至ったのだ、と安易に結論づけることも躊躇されます。

 

4.3 無償サービスとは

 

それでは、本件は、やはり何らかの対価性のあるものとの交換の構成と考えるべきなのでしょうか。個人情報以外にも、何らかの対価性のあるものの提供、企業が利益と考えるものの提供と広くとらえれば、他に候補になりそうな構成はあるのかもしれません。

しかし、このように何らかの対価性のあるものの提供、企業が利益と考えるものの提供と広くとらえる場合、現代の日本社会において、完全な無償サービスといえるものは極めて少ないように思われます。

例えば、我々がインターネット検索サイトである用語を検索するとき、検索サービス自体は無料で提供されていますが、我々は広告を閲覧させられ、アクセスの記録情報をとられ、というように、企業が利益と考える何らかのものを提供しています。そうだとしたとき、消費者が完全に無償でサービスを受けることは少ないと考えられます。

結局、無償の取引としたとしても、何らかの対価性のあるものの提供をもって有償の取引としたとしても、将来的な広がりについてはあまり大きな違いがあるようには思えません。

本件は、一般消費者が対価として金銭を出捐しないサービスについても景品表示法の対象であるとした例であり、金銭を支払わないサービスにまで景品表示法の対象を広げたことによって、無償取引も「自己の供給する商品又は役務の取引」に含むことへの一歩を踏み出したと評価できるのではないでしょうか。

 

「取引」再構成の可能性

 

5.1 事業者側から見た取引

ここで、これまでは一般消費者の側から見て、一般消費者が金銭を出捐していないことから無償取引なのではないか、という観点で検討してまいりましたが、事業者側から見るとどうなるでしょうか。

事業者側から見ると、求人企業との間で業務委託契約等を締結し、一般消費者に就職支援サービスを提供し、その結果として就職となれば企業から手数料を得るという事業ですから、求人企業との間の有償契約であると考えられます。事業者としては、企業との間の業務委託契約の履行として一般消費者に就職支援サービスを提供しているのです。

実態としては以上のようであるのに、ここまでは、表示から出発し、一般消費者からみて無償の取引であることから出発して検討をしていたともいえます。

 

5.2 一般消費者の保護の必要性

では、なぜ、これまでの景品表示法の「自己の供給する商品又は役務の取引」は原則として有償の取引をいい、しかも一般消費者の金銭出捐に着目するとされてきたのでしょうか。

景品表示法は一般消費者の自主的かつ合理的な商品・役務選択ができる環境を守ることによって消費者を保護することを目的としています。その意味で、消費者が金銭を出捐した場合の方が、消費者の保護の必要性が高いということができると考えられます。

しかし、上記がもっともだとしても、逆に、消費者が金銭を出捐しない場合には、常に消費者保護の度合いが劣るといってよいでしょうか。確かに、金銭のみを利益とみれば、金銭を出捐する取引は一般消費者に金銭的不利益が生じるのでこれを保護する必要があり、金銭を出捐しない取引には一般消費者の金銭的不利益がないのであるから保護する必要性が少ないとしても問題はないかもしれません。しかし、例えば、本件のように、就労先にかかわる場合でもこのようにとらえてよいでしょうか。一般消費者にとって就職先は、自己の時間や能力を最もつぎ込む性質のものといっても過言ではありません。就職先を選択するというのは、ある意味で、生活用品を買うというような一定の金銭を出捐する以上に一般消費者にとって重大な選択である場合が多いように思われます。そうすると、就職先の選択に大きく影響する就職支援サービスの選択を歪めることは、一般消費者の不利益であるといえないでしょうか。一般消費者にとって、就職先選択機会の確保は金銭出捐に優るとも劣らない利益であり、法の保護すべき利益であるといえるからです。

以上のように考えれば、景品表示法の「自己の供給する商品又は役務の取引」は、有償無償にかかわらず、一般消費者の利益を損なう可能性のある取引と考えられるかもしれません。

しかしながら、このように考えると、告示の運用基準(4)との関係で「自己の供給する」の問題も改めて考え直さなければならない可能性があり、問題はなお残ります。

 

おわりに

 

上記の「取引」の検討は筆者によるものであり、実際に消費者庁がどのように解釈して本件を景品表示法の対象としたのかは、消費者庁による解説等の機会を待たなければなりません。

しかし、どのような解釈に基づくにせよ、新たな解釈を含んでいるもしくは今まで判断の無かった新たな事例に踏み込んだ可能性の高い措置命令だと考えられます。

特に、これまで景品表示法の対象にならないと考えられてきた表示が、今後は対象となる可能性があることに注意する必要があろうと思われるところです。

 

以上

 


 

  1. 消費者庁ウェブサイトhttps://www.caa.go.jp/notice/entry/028525/
  2. 「景品表示法」第6版 商事法務
  3. 「景品表示法」第6版 P50
  4. 染谷隆明「景品表示法の「取引」概念の再検討 -無償契約は「取引」か―」公正取引No.834-34
  5. 第192条「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」
  6. 同旨のものとして前掲染谷隆明「景品表示法の「取引」概念の再検討 -無償契約は「取引」か―」

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