【I&S インサイト】日本版秘匿特権(判別手続)と立入検査時の留意点

執筆者:安井綾

「判別手続」とは、公正取引委員会の行政調査手続において、所定の手続によリー定の条件を満たすことが確認された事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容を記録した物件を、審査官がその内容に接することなく還付する手続をいいます。すなわち、「公取委の行う一定の行政調査において提出命令の対象となった物件であっても、会社が弁護士へ相談した内容や助言等の資料は、調査資料として使われずに済む場合がある」という制度です。

本稿では、以下のポイントについて、企業法務に携わる方が知っておくべき「判別手続」の概要と、注意すべき点、そして、立入検査を受けた際の留意点をまとめてご紹介します。

 

ポイント1:適用範囲が限定的

判別手続が導入された令和元年独禁法改正案の作成過程においては、弁護士・依頼者秘匿特権(秘匿特権)を導入する可能性があるとも言われてきたこともあり、特に諸外国で認められている秘匿特権になじみのある方にとっては、「日本版(和製)秘匿特権」という説明によって「似たような制度が日本にも導入された」という印象を持たれたかもしれません。しかし、判別手続は、諸外国で一般的に理解されている弁護士・依頼者秘匿特権よりもずっと限定的な日本独自の制度で、「似たようなもの」という説明の仕方はむしろ誤解を招くという指摘もあります。そこでまず、制度の対象と、何がどう限定的なのかについて、押さえる必要があります。

 

ポイント2:独占禁止法に規定された条文があるわけではない

改正された独占禁止法の条文を読んだ方は、「判別手続」という言葉も、「秘匿特権」という言葉も、条文の中に出てこない、ということに気づかれると思います。あるいは、公取委の公式ウェブサイトの説明を読んで、「※令和21225日から運用されます。」という説明文から、「『運用』って、施行ではないの?」という疑問を持ち、そもそもの言葉の使い方から「判別手続は、手続という意味。秘匿特権って権利ではなかったの?」という素朴な疑問を持たれることもあると思います。判別手続の位置づけは、実際に制度を利用するにあたって押さえておくべきポイントの一つです。

 

ポイント3:企業の負担の大きさと、何をすべきか

企業の担当部門では、上記の新しい判別手続の概要を踏まえ、企業として今すぐにすべきこと、そして、立入検査時にどのように対応すべきかを検討することが重要です。

諸外国で認められる弁護士・依頼者秘匿特権

欧州、米国等の海外において認められる秘匿特権は、訴訟手続制度に一般的に組み込まれ、古くから判例上、慣習法上認められている制度であり、行政事件だけでなく、民事事件、刑事事件にも適用されます。特に、米国の民事訴訟における証拠開示手続であるディスカバリにおいて書類等提出要求(Request for Production of Documents and Things)を受けた際に、秘匿特権が重要な例外になっていることは、海外取引を多く扱う日本企業でもよく知られています。こうした秘匿特権が認められる趣旨は、米国では、弁護士とその依頼者の間での完全かつ率直な交信を促し、もって法と司法行政の遵守という点においてより広範な公共の利益を促進することにあるとされ(Upjohn Co. v. United States連邦最高裁判所判決(1981113日)、欧州では、何人も、制約を受けることなく、必要とする全ての者に対して独立した法的助言を与えることを職業とする弁護士に相談することができなければならない、という要請に応えるものであるとされています(AM & S Europe Ltd. v. Commission欧州司法裁判所判決(1982518日))1。つまり、弁護士が適切な助言を行うためには、事実を正確に把握する必要があるのであり、弁護士に対し詳細な事実の説明を行って相談したことでその事実が開示されてしまい、不利益を受ける恐れがあるとすれば、率直なやりとりができなくなってしまう、という考え方によると考えられます。

日本における判別手続の位置づけ(→ポイント2)

日本ではこれまで、秘匿特権に基づき相談内容等の資料の提出を拒否できる規定は他の法令にも存在しておらず、判例上も認められたものはなく23、証言拒絶権(刑事訴訟法149条、民事訴訟法19712号)や押収拒絶権(刑事訴訟法 105 条)等が、医師等の他の職業とともに認められるにとどまっています。日本における秘匿特権のあり方については、内閣府の「独占禁止法審査手続についての懇談会」(2014年)における検討の後、公取委が20174月に公表した「独占禁止法研究会報告書」において4、当局に与えられる調査権限や処分内容等と、調査・処分を受ける相手方の防御権との間の相互のバランスを図ることが重要であるという認識のもと5、新たな課徴金減免制度の利用に係る弁護士と事業者との間のコミュニケーションに限定して、公取委が運用により秘匿特権に配慮することが適当であるとされています6

こうした検討を経て、改正独占禁止法7の施行に合わせて、新しい課徴金減免制度8をより機能させる等の観点から、いわば「秘匿特権に配慮した取扱い」が、独占禁止法そのものにはよらず、公取委の規則で定められることになり、独占禁止法第76条第1項の規定に基づく公取委の「公正取引委員会の審査に関する規則」(公取委審査規則)が改正され、運用を開始しました。また、「事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容が記録されている物件の取扱指針」(判別手続指針)が策定され、取扱いの内容と方法が定められています。

つまり、今回導入された新しい判別手続は、「秘匿特権」という事業者の権利を認める(創設する)制度ではないと理解されます9

なお、上記の要件に該当する文書であっても、課徴金減免対象違反行為を行うこと、検査を妨害すること、その他違法な行為を行うことに関する内容を記録したものについては還付は認められません(公取委審査規則23条の313号)。また、課徴金減免申請を行うことは、必要な条件とはなっていません。

立入検査時の留意点(→ポイント3)

当局による事前通告のない立入検査のことを、海外で”dawn raid”と呼ぶことがあります。公取委による立入検査が、文字通り夜明け前に実施されることはまず考えられませんが、通常は、午前中の比較的早い時間、午前930分頃に開始されます。事業者は、カルテル、入札談合等の疑いで立入検査を受けた場合は、判別手続との関係では、どのようなことに注意すべきなのでしょうか。

 

・外部弁護士との連携、社内の情報収集

判別手続に限られませんが、立入検査を受けた場合、事業所の場所によっては、外部の弁護士が到着するまでに時間を要することもあります。できるだけ早く、独占禁止法の立入検査対応が可能な弁護士を手配することを検討します。同時に、各地に事業所がある事業者の場合は、同時に立入検査を受けている可能性がありますので、すぐに情報収集に当たる必要があります。

 

・保管状況の撮影、記録等

上記にみたとおり、判別手続により還付を受けるためには、特定通信の内容を記録したものである旨が見やすい場所に表示されていなければなりません。この条件をきちんと満たしていたのかどうかについて問題となることを防ぐために、例えばキャビネット等に保管されている記録について、写真撮影等、立入検査の実施日における保管状況を記録しておくことも検討すべきでしょう。

 

・審査官への申出

特定通信の保管状況については、記録をとった場合であっても、実際に立入検査時に記録の運び出し、電子データの複製等行われるタイミングで、審査官に対し、具体的な文書、電子データについて、特定通信の記録であること、判別手続による取扱いを受けたいことを申し出て、特定通信の保管状況を説明し、その場で状況確認をしてもらう必要があります。なお、判別手続は、審査とは遮断されて行われますので(審査規則23条の31項、判別手続指針第3及び第73」)、審査官は内容を確認することはできません。事業者側もこの点に留意してスムーズに保管状況確認ができるようにします。

 

・申出書の提出

物件の所持者である事業者は、審査官に対し、判別手続における対象物件としての取扱いを受けるための申出書を提出する必要があります(審査規則23条の21項、判別手続指針第3「3」)。申出書は、提出命令(審査規則914号)を「受けるに際し」提出します。一般的には、朝から立入検査を開始し、関係部署から関係資料を収集し、資料等が会議室等に集められて、提出命令の対象となる品目の目録が作成され、当日の夕刻に提出命令書が交付されますので、事業者は、それまでには申出書を作成し、必要な社内決裁と押印を行う必要があります。また、同日に別の事業所でも立入検査を受けた場合は、申出書の提出までの間、随時連携をとり対応に問題が生じないよう留意する必要があります。

おわりに

立入検査を受けた場合については、立入検査当日以降、概要文書(privilege log)の作成を作成し、提出命令から原則として2週間以内に提出する必要がある等、必要な対応が続きます。しかし、対応の前に最初に注意すべきことは、今回ご紹介した日本版秘匿特権(判別手続)の概要でご覧いただいたとおり、この手続による取扱いを受けるために必要なことは、立入検査を受けた当日に対応したのでは手遅れであり、日頃から必要な表示、データ管理等を行っていなければ、意味がないということです。

そのように考えると、日々大量の情報を取扱い、多くの場面で弁護士を利用しているような事業者の場合は、何を対象にこのような取扱いのための保管を行っておくべきかを最初に考えなければなりません。人事異動があれば、アクセス権の設定も見直しが必要になります。この点は、今回の新しい判別手続の特徴でもあり、難しい問題の一つといえると思います。

 


  1. 内閣府「独占禁止法審査手続についての懇談会報告書」(20141224日)(https://www8.cao.go.jp/chosei/dokkin/finalreport.html
  2. 公取委「独占禁止法研究会報告書」(2017年4月)p.52
  3. なお、JASRAC閲覧謄写許可取消事件(東京高判H25.9.12)において、東京高裁は、「憲法や現行法制度の下で具体的な権利又は利益として保障されていると解すべき理由は見出し難い」と判示し、請求を棄却しています。
  4. 公取委平成29425日公表「独占禁止法研究会報告書について」https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/apr/170425_1.html
  5. 公取委「独占禁止法研究会報告書」(2017年4月)p.47
  6. 公取委「独占禁止法研究会報告書の概要」(2017.4p.2

    https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/apr/170425_1_files/170425_1besshi2-1.pdf

  7. 2019年6月26日公布、2020年12月25日施行。
  8. 事業者の調査協力の度合いに応じて課徴金の減算率を算定する制度。
  9. 公取委「原案に対する意見の概要及びそれに対する考え方」(2020625日)No.185No.186https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/jun/keitorikikakushitu/4_kangaekata.pdf

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