【I&S インサイト】消費者裁判手続特例法の実務上の課題について

2020年6月8日、特定適格消費者団体「埼玉消費者被害をなくす会」が、給与ファクタリングを行っていた業者に対して、共通義務確認請求訴訟を提起しました。

 

その業者は、インターネットのアフィリエイト広告等において、「給与ファクタリング」業務を展開していた業者です。ファクタリングと聞くと、中小企業などの事業者が売掛債権を第三者に買い取ってもらう契約を結び、決済日前に資金を融通するスキームのことをイメージしますが、「給与ファクタリング」は、会社員である一般消費者が給与債権を当該業者に譲渡し、給料日前に現金を受け取るようなスキームです。具体的には、

①利用者が、給料の全部または一部を業者との間で譲渡する契約を結ぶ

②利用者は、手数料が差し引かれた現金を受け取る

③利用者は、給料日後に譲渡契約で約束した金額を業者に支払う

という形です。

 

この形だけを見ると、単なる貸付けに見えますが、問題はそう簡単ではありません。というのも、利用者は、手数料名目で利息制限法(昭和29年法律第100号)の利息制限規制を超える過大な金利を負担させられていたからです。なお、金融庁は、「給与ファクタリング」が貸金業に該当するとして、貸金業登録を受けていないヤミ金業者による給与ファクタリングを利用しないよう注意喚起しているところでもあります(令和2年3月5日付「金融庁における一般的な法令解釈に係る書面照会手続(回答書)」)。

 

このような場合、利用者は、給与ファクタリング業者に対し不法行為に基づく損害賠償請求を行い、金銭を取り返すこともできます。

ただ、ここで問題となるのは、「金銭を取り返すこと」にかかるコストです。利用者である消費者と事業者との間には、情報の質及び量並びに交渉力の格差があることから、時間・費用・労力の全てにおいて相当な負担がかかります。大多数の消費者は泣き寝入りせざるを得ないという現実がありました。

 

そこで、201610月に施行されたのが、「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(消費者裁判手続特例法)です。この制度は、同種の被害が拡散的に多発するという消費者被害の特性に鑑み、二段階型の訴訟制度が設けられています。

 

すなわち

①1段階目の手続(共通義務確認訴訟)では、内閣総理大臣の認定を受けた特定適格消費者団体が原告となり、相当多数の消費者と事業者との間の共通義務の存否について裁判所が判断し、

②1段階目の手続で消費者側が勝訴した場合、個々の消費者が、2段階目の手続(対象債権の確定手続)に加入して、簡易な手続によってそれぞれの債権の有無や金額を迅速に決定する

ことで、被害回復の実効性を確保しています。

 

埼玉消費者被害をなくす会が提起した共通義務確認訴訟も、まさにこの手続きを利用したものです。

また、医学部不正入試問題を巡り、入試で不利な扱いを受けた女性や浪人生などの元受験生に、受験料や旅費宿泊費などを返還する義務があることの確認を求めた裁判でもこの裁判手続が活用されています。この裁判では、大学側には、女性や浪人生ら元受験生に受験料を返還する義務があるとの判断が示されています(東京地判令和2・3・6)。

 

この裁判手続きは、創設当時、消費者被害回復のための打開策になると目されていました。しかし、創設から5年目を迎えようとしていますが、未だ4件しか活用されていません(うち2件は医学部不正入試です。)。

 

なぜ、あまり活用されないのでしょうか。

 

以下の3つの理由が関係しているのではないかと考えられます。

  • 訴訟手続追行主体が限定されていること
  • 訴訟の対象となる請求が限定されていること
  • 訴訟手続追行にかかるコストが高いこと

 

まず、①についてですが、消費者裁判手続特例法に基づく訴訟手続追行主体は、特定適格消費者団体のみとなります。

たとえ消費者であっても追行主体になることはできません。もちろん、消費者自身が追行しなくても被害回復を図ることができるという点は、消費者裁判手続特例法の裁判手続きのメリットでもあります。問題は、認定を受けるためのハードルが高く特定適格消費者団体が少ないということにあります。2020年6月現在、全国で3団体(消費者機構日本、消費者支援機構関西、埼玉消費者被害をなくす会)しかないのです。

 

次に、②についてですが、消費者裁判手続特例法に基づく訴訟の対象となる請求権が限定的であるという点です。

共通義務確認の訴えを利用できる事案は、

 ・契約上の債務の履行の請求

 ・不当利得に係る請求

 ・契約上の債務の不履行による損害賠償の請求

 ・不法行為に基づく損害賠償の請求

の4つに限定され、対象となる損害も、拡大損害、逸失利益、人身損害及び慰謝料は除外されてしまっているのです。簡易迅速に被害者救済を図ることができるという点で一定の目的を果たすことはできますが、救済される範囲が不十分で消費者に生じた被害を適切にカバーできていないと考えられます。例えば、個人情報の漏洩事案における損害費目は、慰謝料であるのが通常であるため、個人情報の漏洩事案では、消費者裁判手続特例法が利用しづらいこととなります。

 

最後に、③の訴訟追行にかかるコストの問題です。

この手続きにおいては、1段階目の手続で消費者側が勝訴した場合に限って2段階目の手続きに進むことができます。特定適格消費者団体が負担する費用は、2段回目の手続きにおいて個々の消費者から授権を受け費用及び報酬の納付を受けて初めて回収が可能になります。つまり、1段階目の手続で敗訴してしまうと、弁護士費用を含む訴訟費用は特定適格消費者団体が負担することになるのです。

 

2段階目の手続きに進めたとしても、個々の消費者の債権を確定していく手続に関する報酬及び費用は、対象消費者が回収費用で負担することになります。ただ、消費者の利益を擁護するために、少なくとも回収額の50%超は消費者の取戻分とすることが、「特定適格消費者団体の認定、監督等に関するガイドライン 」において定められています。その結果、特定適格消費者団体が得られる報酬が制限され、場合によって適格消費者団体の持ち出しになる可能性すらあるのです。

 

特に、個々の被害額が少額である事案では、手続費用総額を賄うだけの収入が得られない可能性があり、適格消費者団体が手続きの開始を躊躇する一因ともなりかねません。

このような制度設計であり続ける限りにおいて、特定適格消費者団体が、共通義務確認訴訟を提起するハードルは高いと言わざるを得ません。

 

とはいえ、この制度ができる以前と比べれば、少額の被害であっても集団で簡易迅速に被害回復を求める選択肢が増えたことに変わりはありません。実際、既に4件の事例で利用されています。また、先ほど述べたような問題点が法改正によって改善され、さらに活用事例が増えていく可能性も大いにあります。

 

これまでは「一消費者のクレーム」として扱われてきたものが、「多数の消費者による訴え」となることで、個々の消費者との間での金銭的な解決ではおさまらず、多数の批判の目にさらされることによってレピュテーションリスクが高まることも考えられます。

特にB to Cのサービスにおいて、対消費者との間で不測の事態が生じた場合には、今まで以上に慎重な危機管理が求められるでしょう。

詳細情報

執筆者
  • 川﨑 由理
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