【I&S インサイト】医師法第17条「医業」の解釈 (アートメイクの医行為該当性)
DATE 2023.07.10
執筆者:越田 雄樹
はじめに
令和5年7月3日付で厚生労働省医政局医事課が、福島県保健福祉部長宛で、照会のあった医師法第17条の解釈についての回答(以下「令和5年通知」といいます。)を公表しました。
令和5年通知での厚労省の判断について、以下のとおり整理します。
なお、医師法第17条の「医業」の解釈についてはこちら(【I&S インサイト】医師法第17条「医業」の解釈 | IKEDA & SOMEYA (ikedasomeya.com))でも詳論しています。
【照会内容】
医師免許を有しない者が、針先に色素を付けながら皮膚の表面に墨等の色素を入れて、①眉毛を描く行為②アイラインを描く行為を行った場合、医師法第17条違反になるか。
【厚労省回答】
アートメイク(上記①②の行為)については、医行為該当性が肯定できる。
従来の厚労省の考え方
医師法第17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定しています。
ここでいう「医業」とは「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(以下「医行為」といいます。)を、反復継続する意思をもって行うこと」と考えられていました。
厚労省は、上記定義を基礎にして「医業」の該当性を判断しており、厚労省は、平成13年の通知で針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為は医行為に該当するという判断をしていました。
最高裁の考え方
最高裁は、医師ではない彫り師によるタトゥー施術行為が、医師法第17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たらないとされた事例(最決令和2年9月16日 事件番号:平30(あ)1790号)(以下「タトゥー最決」といいます。)において、医業とは医行為を反復継続して行うものであることを前提として、「医行為とは,医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいう
…略
ある行為が医行為に当たるか否かについては,当該行為の方法や作用のみならず,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況,実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で,社会通念に照らして判断するのが相当である。」
としたうえで、最高裁は、タトゥー施術行為については、
①装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったこと。
②タトゥー施術行為は、医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であること。
③医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されていないこと。
④歴史的にも、長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり、医師が独占して行う事態は想定し難いこと。
という要素を考慮して、医療及び保健指導に属する行為ではないとして、「医行為」には該当しないと判断しました。
令和5年通知の整理
厚労省は、平成13年の通知で針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為は医行為に該当するという判断をしておりましたが、タトゥー最決を経てどのように判断するか注目されていました。
そして、厚労省は、タトゥー最決後、厚生労働科学特別研究事業として、医師法第17条に関する学説・判例等概要を整理し、同条の運用等の検討を行ったうえで報告書1を取りまとめています。
この報告書を踏まえて、改めて令和5年通知において、
「タトゥー施術行為が医行為ではないと判示された根拠事情のうち、最も重要かつ本質的な点は、「タトゥーは、歴史的に長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があることである』と示された上で、『すなわち、タトゥーの担い手は歴史的に医療の外に置かれてきたものであり、そのこと自体が、タトゥーの社会的な位置づけを示すものとして理解されうる』と示された。 |
と言及して、主に④の要素を考慮して「アートメイクについては、「医療従事者が関与している実態があり」、「医行為該当性が肯定できる」と判断したと考えられます。
また、同報告書においても、「すなわち、タトゥーの担い手は歴史的に医療の外に置かれてきたものであり、そのこと自体が、タトゥーの社会的な位置づけを示すものとして理解されうる」という部分に続いて、
もっとも、上記決定要旨では「医師免許」のみに言及されているが、およそ医療の外にあるというためには、医師以外の医療従事者を含め、一切の医療資格を有する者が関与してこなかったことが必要であると考えられる。前記の通り、医師以外の医療従事者の行為についても医師のコントロールを及ぼすのが現行法の規制構造であり、また、一部でも医療従事者が関与してきた事実があるとすると、医療としての質保証が当該行為の安全性に大きく寄与する状況があるとも考えられ、当該行為全体が医療の外にあるとは言いにくくなるからである。 |
と言及したうえで、最終的に、アートメイクの医行為該当性については、
アートメイクに関しては、既に部分的にせよ医師・看護師等の医療従事者が関与している実態があり、医療の一環として実施されている例も少なくない。このような場合に関しては、アートメイクを医療の一環と捉える社会通念があると考えることも可能であると考えられる。しかし、仮にアートメイクに関する社会通念が不明確ないし不存在であったとしても、アートメイクに関しては一定の侵襲性が認められることや、医療従事者による安全性水準の確保がきわめて重要と考えられることから、危険性の医療関連性も肯定されうると考えられ、いずれにせよ医行為該当性が肯定できるものと考えられる。 |
と整理し、アートメイクは医行為該当性が肯定できるとしています。
なお、厚労省は、令和5年通知では「照会の行為は、医療の一環として医師・看護師等の医療従事者が関与している実態があること」を医行為該当性の肯定理由としており、①ないし③の考慮要素の評価は示しておりません。
これは、同報告書において、
タトゥー施術行為が医行為に該当しない根拠事情として決定要旨で示された 4 点(①装飾的・象徴的要素や美術的意義のある社会的な風俗としての受け止め、②医学とは異質の美術等に関する知識及び技術を要する行為であること、③医師免許取得過程等でタトゥーの知識及び技能の習得は予定されていないこと、④歴史的に,長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情)について検討し、①については②~④を根拠としての受け止めであり①を単独の根拠事情とするのは適切ではないとする。また②は医療には医学と異質の行為が含まれる場面も一定程度想定されること、③は医療・保健指導分野のあらゆる行為を医学部教育で行っておらず、この点の強調は絶対的医行為以外はすべて医行為規制の対象外ともなりかねないことから、いずれも適切な根拠事情ではないとする。その上で④の歴史的事情を、タトゥーの位置づけを明らかにする上で最も重要かつ本質的な点であるとし、最高裁決定の医行為該当性につき社会通念で判断する 枠組みの曖昧さはまぬかれないものの、タトゥー施術行為については歴史的事情が決め手となり、社会通念上医行為に該当しないと判断したと考えられるとした。 |
と言及されているとおりで、厚労省は、①ないし③はそもそも根拠としては適切ではないと評価しているためです。
しかし、最高裁はあくまでも①ないし④を総合的に考慮しており、①ないし③はそもそも根拠としては適切ではないと評価することの妥当性には疑問が残ります。
実務に与えるインパクト
厚労省の判断には一部疑問が残るものの、今後のアートメイク事業を行う事業者においてはオペレーションを見直す等の対応を行い、医師法に違反しないような座組とする必要があります。
特に、近年、医療従事者(医師・看護師)以外の者がアートメイクの施術を行っている事例が散見されており、施術においてどのように医療従事者を配置するかなど、弁護士等の専門家を交えて検討する必要があります。
以上
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