【I&S インサイト】改正次世代医療基盤法の施行に向けて

執筆者:越田 雄樹

 

高度に発展する医療社会において、新たな治療法の確立や医薬品の開発など、研究を進めるにあたって貴重な社会資源たる医療情報の利活用は必要不可欠です。

医療情報は機微性の高い情報であり、個人が特定された場合に大きなリスクを与えうることから、慎重な取扱いが必要であります。この医療情報の取扱い・利活用に係る法律として、医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律(以下「次世代医療基盤法」といいます。)があるところ、同法の改正案が令和5年5月17日に参議院本会議で成立しました。

改正案では、医療情報を提供する場合、患者名の削除に加えて、突出した検査値や希少な疾病名などの削除が必要となる「匿名加工」を求めていた現行法を改め、個人が特定されない形で体重や身長、血圧や脂質などの検査値を企業や研究機関に提供することができるようになります。

 

本稿では、次世代医療基盤法の改正内容を、その経緯や個人情報保護法とのかかわりを踏まえて概説します。

 

次世代医療基盤法とは

(1)次世代医療基盤法の制定経緯

個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。)は、平成15年に施行されておりますが、平成27年度改正によって匿名加工情報(個人情報に適正な加工を施し、特定の個人を識別できず・復元できないようにした情報)制度が導入されました。

また、行政機関個人情報保護法および独立行政法人等個人情報保護法においては、平成28年度改正によって、非識別加工情報制度が導入されました。

これによって、匿名加工又は非識別加工された医療情報が利活用できることとなりましたが、一方で要配慮個人情報(人種、信条、社会的身分、病歴、前科、犯罪被害の事実等、その取扱いによっては差別や偏見を生じるおそれがあるため、特に慎重な取扱いが求められる記述等を含む個人情報)が導入され、病歴や診療情報等の診療又は調剤に係る個人情報が該当することとなり、この要配慮個人情報については、個人情報保護法上、原則としてその取得及びオプトアウトによる提供が禁止されました。

 

そして、これらの改正を受けて、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針、人を対象とする医学系研究に関する倫理指針、遺伝子治療等臨床研究に関する指針の見直し、改正が行われることとなりました。

 

この法改正、指針改正について、

匿名加工に係る責任が医療機関に帰属するため、医療機関における障壁が高いこと

医療情報について医療機関単位で匿名化が行われるため、医療機関を超えたデータの収集等ができないこと

医療機関が匿名加工を事業者に対して委託する際に、適切な匿名加工能力を有する事業者を判断することが難しいこと

本人の同意なく、匿名加工された医療情報が第三者に提供される可能性があること

などが問題点として挙げられており、医学関係者からは医療情報の利活用に大きな制限がかかり、ひいては医学研究の発展を阻害するとの反発がありました。

 

このような問題点等を解決するため、個人情報保護法の特別法として、2018年5月11日に次世代医療基盤法が施行されました。

この次世代医療基盤法は、医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関し、匿名加工医療情報作成事業を行う者の認定、 医療情報及び匿名加工医療情報等の取扱いに関する規制等を定めることにより、健康・医療に関する先端的 研究開発及び新産業創出を促進し、もって健康長寿社会の形成に資することを目的としています。

 

(2)次世代医療基盤法の概要

次世代医療基盤法では、高い情報セキュリティを確保し、十分な匿名加工技術を有するなどの一定の基準を満たし、医療情報を取得・整理・ 加工して作成された匿名加工医療情報を提供するに至るまでの一連の対応を適正かつ確実に行うことができる者(認定匿名加工医療情報作成事業者)及び認定仮名加工医療情報作成事業者の委託を受けて、医療情報等を取り扱う事業を行おうとする者(認定医療情報等取扱受託事業者)を認定する仕組みを設けています。

 

なお、現在(令和5年6月)は、

認定匿名加工医療情報作成事業者 認定医療情報等取扱受託事業者
 一般社団法人ライフデータイニシアティブ  株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
 一般財団法人日本医師会医療情報管理機構  ICI 株式会社及び日鉄ソリューションズ株式会社
 一般財団法人匿名加工医療情報公正利用促進機構  株式会社日立製作所

 

が認定されています。

また、2018年5月に施行された次世代医療基盤法では、オプトイン(あらかじめ本人が同意すること)のほか、一定の要件を満たすオプトアウトにより、

① 医療機関等から認定事業者へ要配慮個人情報である医療情報を提供することができる

② 認定事業者から利活用者へ匿名加工医療情報を提供することができる

ものとされていました。

 

改正次世代医療基盤法

(1)個人情報保護法の改正(仮名加工情報の導入)

2017年の個人情報保護法改正によって匿名加工情報が導入され、個人情報は匿名加工情報に加工すれば、本人から同意を得ていなくても、目的外利用や第三者提供が可能になりました。

匿名加工情報の作成においては基準が定められており、特定の個人を識別することができる記述の削除、個人識別符号の削除、連結符号の削除、特異な記述の削除、差異のある記述や性質を勘案し適切な措置等の基準に対応する必要があります。

 

このように、匿名加工情報を作成するためには、事業者が保有する他の個人情報と照合されることで特定の個人が識別されないようにすることが必要になるため、匿名加工情報への加工過程でどの程度まで加工しなければならないかを検証することに一定のハードルがあります。そして、そのハードルをクリアするためには、情報の抽象化が必要でありました。

しかし、この過程には高度な専門的知識や高い技術力が必要になるため、中小企業が容易に行えるものでもなく、情報の利活用の制限がありました。

 

また、情報技術の発展により、一部の事業者においては社内の安全管理措置の一環として、取扱いデータの内、個人情報に係る部分を他の情報に置き換えるまたは削除するなどの加工を行い、データそのものから特定の個人を識別できないようにするという運用がとられ始めていました。

 

そこで、2022年施行の改正個人情報保護法では、匿名加工情報の制度と同様にビッグデータの利活用に活かすことができる仮名加工情報の制度を新たに創設することになりました。

 

(2)仮名加工情報とは

仮名加工情報は、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないように加工した個人に関する情報(個人情報保護法第2条第5項)であり、仮名加工情報を作成した個人情報取扱事業者においては、通常、当該仮名加工情報の作成の元となった個人情報や当該仮名加工情報に係る削除情報等を保有していると考えられることから、原則として「個人情報」(法第2条第1項)に該当するものです。

 

匿名加工情報は特定の個人を識別できないように加工した情報でありましたが、仮名加工情報は他の情報と照合しない限り、特定の個人を識別することができない情報です。

また、匿名加工情報については、提供先に当該情報が匿名加工情報である旨を明示することで、第三者提供ができますが、一方で、仮名加工情報は本人の同意を得ていない第三者提供は認められません。

 

(3)次世代医療基盤法の改正経緯

①医療研究の現場ニーズに的確に応える匿名化のあり方の検討

20185月に施行された次世代医療基盤法では、匿名加工医療情報を用いた制度設計がなされていましたが、医療研究の現場では、

  • 希少な症例についてのデータ提供
  • 同一対象群に関する継続的・発展的なデータ提供
  • 薬事目的利用の前提であるデータの真正性を確保するための元データに立ち返った検証

という観点から、匿名加工医療情報は利活用が困難であるという意見がありました。

また、医療情報を用いた研究開発において、多くの場合、「顕名」の医療情報は必要とされないため、再識別を可能として予後情報等を追跡し、治療や投薬等の有効性を確認することが可能な仕組みや、また、いわゆる「特異な値」を削除するといった対応が不要な仕組みを求める声がありました。

 

その後、次世代医療基盤法附則において施行後5年見直しが規定されていることから、健康・医療データ利活用基盤協議会の下に次世代医療基盤法検討ワーキンググループを設置し、同法に基づく認定事業の運営状況や課題等を踏まえ、見直しの必要性やその内容について検討を開始しました。

そして、同ワーキンググループでは、

  • 仮名加工医療情報を作成・提供する事業者を国が認定する仕組みを新たに設ける。
  • 上記認定事業者から、安全管理等の基準に基づき国が認定した利活用者に限り、仮名加工医療情報を提供可能とする仕組みを設ける。
  • 薬事承認申請のため、PMDA等に対し、利活用者からの仮名加工医療情報の提供、認定事業者からの元データ提出を可能とする。

という内容で次世代医療基盤法の改正に係る方向性が固まりました。

 

②多様な医療情報の収集

医療研究のためには多様な医療情報を収集する必要があるところ、次世代医療基盤法では、患者ごとの病名、療養期間、処方薬、どのような検査・手術を受けたか等を把握できる診療報酬請求明細書(レセプト)を網羅的に把握できるNDBなどの公的データベース等との連結ができていませんでした。

また、医療情報の収集には、医療機関や医療保険者等による医療情報の提供に係る協力が不可欠ですが、現状、十分に協力が得られているとはいい難い状況でした。

さらに、質の高い疾患別レジストリを持つ医療関連学会や、死亡情報、健診情報などを持つ自治体などから医療情報の提供を受けることが十分にできてはいません。

 

(4)次世代医療基盤法改正概要

次世代医療基盤法は本改正によって「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律」という名称に変更されました。

また、同改正は主に以下の点について整備等されました。

  • 仮名加工医療情報の利活用に係る仕組みの創設
  • 認定匿名加工医療情報作成事業者が、匿名加工医療情報を匿名医療保険等関連情報等と連結して利用することができる状態で提供するための仕組みを整備
  • 医療情報取扱事業者に対し、国が実施する匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する施策への協力に努めるように求める規定を創設

 

①仮名加工医療情報の利活用に係る仕組みの創設

 

本改正によって、「仮名加工医療情報」が新たに設けられましたが、「仮名加工医療情報」とは、下記のとおり、医療情報に含まれる記述等の一部や個人識別符号の全部を削除する措置を講じて、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別することができないように医療情報を加工して得られる個人に関する情報です。

個人情報から氏名やID等の削除が必要ですが、匿名加工医療情報とは異なり、特異な値や希少疾患名等の削除等は不要です。

 

2条第4

この法律において「仮名加工医療情報」とは、次の各号に掲げる医療情報の区分に応じて当該各号に定める措置を講じて他の情報と照合しない限り特定の個人を識別することができないように医療情報を加工して得られる個人に関する情報をいう。

一 第一項第一号に該当する医療情報 当該医療情報に含まれる記述等の一部を削除すること(当該一部の記述等を復元することのできる規則性を有しない方法により他の記述等に置き換えることを含む。)。

二 第一項第二号に該当する医療情報 当該医療情報に含まれる個人識別符号の全部を削除すること(当該個人識別符号を復元することのできる規則性を有しない方法により他の記述等に置き換えることを含む。)。

 

本改正によって、主務大臣の認定を受けた認定仮名加工医療情報作成事業者は、主務大臣の認定を受けた認定仮名加工医療情報利用事業者に対してする場合に限り、仮名加工医療情報を提供することができることとなりました。

そして、認定仮名加工医療情報作成事業者が仮名加工医療情報を取り扱うに当たっては、薬機法等の規定による調査に回答するために必要なときを除くほか、当該仮名加工医療情報の作成に用いられた医療情報に係る本人を識別するために、当該仮名加工医療情報を他の情報と照合できません。

 

また、認定仮名加工医療情報作成事業者から作成された仮名加工医療情報の提供を受け、当該仮名加工医療情報を利用して医療分野の研究開発を行う事業を行おうとする法人であって、主務大臣の認定を受けた者を認定仮名加工医療情報利用事業者と定義しています(改正法第42条第1項)。

 

認定仮名加工医療情報利用事業者は、提供仮名加工医療情報を取り扱うに当たっては、当該提供仮名加工医療情報の作成に用いられた医療情報に係る本人を識別するために、他の情報と照合してはならず、また、法令に基づく場合及び薬機法の規定による医薬品の製造販売の承認等の処分を受けるために提供する場合を除くほか、提供仮名加工医療情報を第三者に提供してはならないとされています。

 

 

②認定匿名加工医療情報作成事業者が、匿名加工医療情報を匿名医療保険等関連情報等と連結して利用することができる状態で提供するための仕組みを整備

 

認定匿名加工医療情報作成事業者は、高齢者の医療の確保に関する法律の規定により匿名医療保険等関連情報の提供を受けることができる者等に対してする場合に限り、作成した匿名加工医療情報について、匿名医療保険等関連情報等と連結して利用することができる状態で提供することができるようになります(改正法第31条)。

これによって、匿名加工医療情報と、NDBや介護DB等の公的データベースを連結解析できる状態で研究者等に提供できることとなります。

 

③医療情報取扱事業者に対し、国が実施する匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する施策への協力に努めるように求める規定を創設

 

本改正では、以下のとおり、医療情報取扱事業者に対し、国が実施する匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する施策への協力を努力義務としております。

 

4

医療情報取扱事業者は、第十条第一項に規定する認定匿名加工医療情報作成事業者又は第三十四条第一項に規定する認定仮名加工医療情報作成事業者に対し医療情報を提供すること等により、国が実施する医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する施策に協力するよう努めるものとする。

 

(5)施行日

附則第1条において「この法律は、一部の規定を除き、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行すること。」と規定されており、同改正は1年以内に施行されます。

 

最後に

本改正に伴い、仮名加工医療情報の利活用や、NDB等公的DBとの連結解析が進み、更に医療等情報を用いた研究開発が進むことが想定されます。

今後は、同法の施行にあたってのガイドラインの改定等があると考えられますので、医療情報を用いた研究開発を行う事業者においては引き続きのキャッチアップが必要となります。

以上


 

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  • 越田 雄樹
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