【I&S】パリでの学び:「Stage International」研修体験記

執筆者:李 明媛

 

1 はじめに  

2023年10月9日から2023年12月1日までの約8週間、私はパリ弁護士会(Barreau de Paris)主催の研修「Stage International」に参加しました。この研修は、世界各国の若手弁護士が集まり、フランスの法制度を学ぶというものです。研修期間を通し、世界各国の若手弁護士と交流するという大変貴重な経験をさせていただいたため、今回は本研修について紹介したいと思います。

2 研修の概要 

本研修プログラムは、1991年から毎年開催されており、フランスの法曹資格を持たない世界各国の若手弁護士が集い、フランスの法制度を学びます。「Stage International」を日本語に訳すと「国際インターンシップ」となるのですが、その名のとおり、世界各国から弁護士が集まります。今年は、アフガニスタン、オーストリア、ベルギー、ベナン、コートジボワール、ガボン、イタリア、アイルランド、日本、レバノン、マダガスカル、ノルウェー、ニュージーランド、ギニア、コンゴ、セルビア、スロベニア、スウェーデン、チュニジア、ベトナムから、22名の弁護士が本研修に参加しました。参加者の多くは、弁護士登録1年から5年程度の若手弁護士で、将来フランス語を強みとして働きたいという強い熱意を持っていました。各弁護士の専門分野はそれぞれで、大規模事務所で企業法務を扱う弁護士もいれば、小規模事務所で一般民事を扱う弁護士も参加していました。独禁法を専門に扱う弁護士も、私の他にセルビアから1名参加していました。  
本研修は、大きく2つのプログラムに分かれます。前半の4週間は、パリ弁護士会の研修機関であるパリ弁護士養成学校(École de formation professionnelle des barreaux、EFB)で座学の講義を受け、裁判所等の司法機関を訪問します。EFBは、イッシー・レ・ムリノー(Issy-les-Moulineaux)というパリの近郊に位置する研修機関で、日本における司法研修所に相当するものです。後半の4週間では、参加者はそれぞれ法律事務所に配属され、パリで働く弁護士のもとで実務研修を行います。
なお、本研修は全てフランス語で実施されました。

3 EFBでの研修

3.1 講義 

パリ弁護士会に所属する弁護士の実務家教員から、フランスの法制度、民法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、労働法、法曹倫理、口頭弁論技術等についての講義を受けました。アメリカや日本のロースクールでよく見られる、大量の予習を前提とするいわゆるソクラテスメソッドとは異なり、これらの講義はレクチャー形式で進められ、参加者間でグループワークやプレゼンテーションを交えた授業でした。  
フランスでは、講義の際にレジュメ等が用意されないのが一般的らしく、フランス語勉強途中の私にとって、資料なしに講義内容を理解するのが大変でした。もっとも、フランスの法制度についてのみならず、世界各国の法制度についてプログラム参加者と議論をすることは、とても勉強になりました。各国の法律がどのように類似しているのか、あるいは異なっているのかという点に注目することで、日本の法制度についての理解もより深まりました。


(パリ弁護士養成学校の建物)

3.2 施設見学

日本の地方裁判所にあたるパリ司法裁判所(Tribunal Judiciaire de Paris)、高等裁判所に当たる控訴院(Cour d’appel)、最高裁判所に当たる破棄院(Cour de cassation)、行政裁判組織の最高裁判機関である国務院(Conseil d’Etat)、商事裁判所(Tribunal de commerce)、パリ調停仲裁センター(️Centre de Médiation et d'Arbitrage de Paris)に訪問し、実際の事件を傍聴する機会に恵まれました。  
フランスの裁判組織は、司法裁判組織と行政裁判組織に分けられます。司法裁判組織は、民事訴訟を扱う民事裁判組織と、刑事訴訟を扱う刑事裁判組織とに分けられます。行政裁判組織は、処分の取消訴訟等を主に扱います。  
司法裁判所の口頭弁論は、通常3人の裁判官の前で行われます。まず原告の弁護士が事実を説明し、原告の請求を述べた後、被告の弁護士がそれに対する反論を述べます。司法裁判所での口頭弁論はとても長いのが特徴です。フランスでは口頭弁論が重要視されているようで、私が事件を傍聴した際も、持ち時間30分の間、弁護士が身振り手振りを交えて熱心なスピーチをしていました。複雑な事件では、数時間にわたるスピーチをすることもあるそうです。  
パリの裁判所の建物は圧巻でした。パリ司法裁判所は、近代的な建物で、明るく、開放的な造りです。対照的に、シテ島にあるパレ・ド・ジュスティス(「Palais de justice」という一つの建物の中に控訴院や破棄院等が置かれています)は、もとは王宮として使われていたので、内装は煌びやかであり、荘厳な雰囲気が漂っていました。


(パレ・ド・ジュスティス前での集合写真)  
(国務院)

4 法律事務所でのインターンシップ

4.1 概要

私は、Vatier法律事務所で4週間の研修をしました。パリの法律事務所の多くは、凱旋門がある8区に位置するようで、私の研修先もシャンゼリゼ通りから一本奥に入ったところにありました。フランスで、弁護士会の会長は「棒(バトン)を持つ者」という意の「バトニエ(Bâtonnier)」と呼ばれます。Vatier法律事務所の代表弁護士は、バトニエを務めたことがある先生で、私は約30年弱続いている老舗法律事務所で研修をする機会を得ました。  
同事務所は、M&A、不動産、労働法、個人情報保護法といった企業法務全般を扱っており、約20人の弁護士が所属していました。私のような研修生(stagiaire)も定期的に受け入れているようで、研修生用のデスクを割り当ててもらいました。  
余談ではありますが、Vatier法律事務所の事務所カラーもオレンジのようで、当事務所とのシンパシーを感じました。

4.2 研修内容

Vatier法律事務所では、各パートナーがそれぞれ専門分野を持っており、アソシエイトはパートナーと組んで業務を遂行します。私は様々な弁護士のもとで、数多くの案件に触れることができました。裁判所へ同行する機会も多く、白熱の口頭弁論を聞く機会も多々ありました。  
印象に残っている案件として、EU法に関連するものがあります。EU自体は特定の社会保障制度を持っていませんが、国境を越えて移動する人々に対して、社会保障の面で不利益を与えない権利を保障しています。社会保障は一般的には各国政府の自治によって管理されています。研修中に、企業の国籍、市民の国籍、そして就労地の国がすべて異なる場合、どの国の社会福祉制度が適用されるかという問題を扱う、企業と労働者間の紛争を目の当たりにしました。EU圏内では、このようなマルチナショナルな事案が頻繁に発生し、単一国の制度だけでなく、複数国の制度について理解する必要があることを学びました。

4.3 勉強会 

私は、個人情報保護法を専門とするパートナーの先生に同行し、個人情報保護に関する勉強会に参加しました。この勉強会では、仮名化(pseudonymisation)および匿名化(anonymisation)に関連する最新の判例紹介や、データ越境移転等について取り上げられました。仮名化は、追加情報を用いて個人を特定可能なため、仮名化されたデータも個人データとされます。一方、匿名化はデータを特定の個人と関連づけられないように完全に匿名化するもので、個人が特定できなければそのデータはGDPRの適用範囲外となります。なお、GDPRにおける仮名化および匿名化と、日本の個人情報保護法における仮名加工情報や匿名加工情報は完全に一致するものではありません。フランスにおいてもGDPRに関わる法律相談は多いようで、フランスの先生方も勉強会などを通じて日々研鑽に励んでいるようでした。

4.4 パリの弁護士の日常

フランスでは、公共交通機関のストライキが頻繁に発生します。また、パリのメトロ(地下鉄)やバスは、通勤時間帯には非常に混雑し、電車を数本見送るほどに混み合うこともあります。このストライキや通勤ラッシュを避けるため、多くのパリ市民は自転車をよく活用しているようです。研修先の事務所の先生方も、年配の方を含め、多くが自転車通勤をしており、裁判所にも自転車で移動していました。  
また、フランス人は平日のランチタイムに2時間ほどの休憩を取り、ゆったりとしたコース料理を楽しむというイメージがありますが、弁護士たちはその例外で、忙しく働いていることが多いようです。時間が許せば、近くの食堂で食事を取ることもあるようですが、事務所の近くの店でサンドイッチやサラダなどをテイクアウトして、事務所で食べることが一般的なようでした。

 

5 IBAに参加

今年の国際法曹協会(International Bar Association, IBA)の年次大会は、10月29日から11月3日までパリで開催されました。IBAは1947年に設立された、世界最大の常設国際法曹団体で、8万名を超える個人会員と190以上の弁護士会を中心とする団体会員を擁しています。事務所代表である池田弁護士もIBAの会員で、毎年この大会に参加し、世界各国の弁護士と情報交換を行っています。私は池田弁護士の紹介でIBAのいくつかのプログラムに参加し、ヨーロッパの独禁法に関する弁護士と共に食事をする機会に恵まれました。多くの国の弁護士がIBAを情報交換の場として有効に活用しており、国際的なネットワーキングの重要性を身をもって感じることができました

 

6 終わりに

パリは言わずもがな刺激的な街であり、私が約8週間滞在した期間中には多くの経験をすることができました。世界各国の弁護士と共に学んだことは非常に貴重な経験となりました。また、このプログラムの参加者との交流だけでなく、パリのロースクールに留学する日本人弁護士やパリで働く日本人弁護士との出会いもあり、パリを通じた多様な人々との繋がりを深めることができました。  
今後もさまざまな分野にアンテナを張り巡らせ、多くを吸収し、それを今後の弁護士業務に生かしていきたいと考えています。

(プログラム修了式での写真)

 

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執筆者
  • 李 明媛

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